政府に振り回され…「表情が暗い」イヌイットたち
イヌイットもそうだった。男たちの体は、アルコールにむしばまれていったという。定住化とは、彼らのアイデンティティーを失っていく暮らしを強いていくことだったのだ。
そんななかで、先住民やイヌイットは、生き方を模索していくことになる。30年前、北極海沿岸にはコンビナートがつくられていた。油田開発が進んでいたのだ。
しかし今回、訪ねてみると、それらしき建物が見えなかった。調べると、いまは開発は止まっていた。政府は油田開発で、先住民やイヌイットに雇用を生みだそうとしたのかもしれない。
しかし油田開発に反対する先住民たちもいた。一部のグウィッチン族だったという。主にノースウェストテリトリーズに暮らす彼らは、油田開発でカリブーの猟の場がなくなっていくと主張した。
しかし多くの先住民やイヌイットは、現代社会に吞み込まれるように生きていくしかなかった。道路建設やスーパーの店員……。仕事は限られている。
海岸に沿って、サケの燻製(くんせい)小屋が並んでいた。誰もいなかったが、すき間からなかをのぞくと、サケが吊るされ、その下にある熾(おき)から細い煙の筋がたち昇っていた。入口にはテーブルが置かれていた。
おそらくここにやってきた観光客が、スモークサーモンを食べるのだろう。9月のいま、海岸には僕らしかいないが、7月や8月には、もう少しはにぎわうのかもしれない。この小屋からの収入も、彼らの暮らしを少しは支えるのだろうか。
トゥクトヤクトゥクは、北極海にへばりつくような小さな村だ。人口は1000人にも満たない。そのなかを歩いてみる。イヌイットの少年たちが、四輪バギーを乗りまわしている。彼らが交わす言葉は流暢な英語だ。日本人かと思う顔立ちの中年女性たちとすれ違う。
「照れ屋なんだろうか」
彼女らは僕らと目が合っても、笑顔ひとつつくらなかった。表情がどこか暗い。
「とりつく島がないですよね」
カメラをのぞく阿部カメラマンが呟くようにいった。
「戻ろうか……」
北極海まで辿り着いた達成感はなかった。北極海から吹きつける氷点下の風が頰に痛い。もう冬は近い。
翌日からホワイトホースに向けて走り続けなくてはならない。その距離は1100キロを超える。