飛行機代、宿代、食事代…旅にかかる費用すべてを含めて「12万円」で世界を歩く。下川裕治氏の著書『12万円で世界を歩くリターンズ タイ・北極圏・長江・サハリン編』(朝日新聞出版)では、その仰天企画の全貌が明かされている。本連載で紹介するのは北極圏編。一行はついに今回のルートの最北端、北極圏の「トゥクトヤクトゥク」に辿り着いた。その達成感はというと…。
先住民「政府からの援助は酒代に」村の残酷な実態【北極圏への旅】 (※写真はイメージです/PIXTA)

政府に振り回され…「表情が暗い」イヌイットたち

イヌイットもそうだった。男たちの体は、アルコールにむしばまれていったという。定住化とは、彼らのアイデンティティーを失っていく暮らしを強いていくことだったのだ。

 

そんななかで、先住民やイヌイットは、生き方を模索していくことになる。30年前、北極海沿岸にはコンビナートがつくられていた。油田開発が進んでいたのだ。

 

しかし今回、訪ねてみると、それらしき建物が見えなかった。調べると、いまは開発は止まっていた。政府は油田開発で、先住民やイヌイットに雇用を生みだそうとしたのかもしれない。

 

しかし油田開発に反対する先住民たちもいた。一部のグウィッチン族だったという。主にノースウェストテリトリーズに暮らす彼らは、油田開発でカリブーの猟の場がなくなっていくと主張した。

 

しかし多くの先住民やイヌイットは、現代社会に吞み込まれるように生きていくしかなかった。道路建設やスーパーの店員……。仕事は限られている。

 

海岸に沿って、サケの燻製(くんせい)小屋が並んでいた。誰もいなかったが、すき間からなかをのぞくと、サケが吊るされ、その下にある熾(おき)から細い煙の筋がたち昇っていた。入口にはテーブルが置かれていた。

 

おそらくここにやってきた観光客が、スモークサーモンを食べるのだろう。9月のいま、海岸には僕らしかいないが、7月や8月には、もう少しはにぎわうのかもしれない。この小屋からの収入も、彼らの暮らしを少しは支えるのだろうか。

 

トゥクトヤクトゥクは、北極海にへばりつくような小さな村だ。人口は1000人にも満たない。そのなかを歩いてみる。イヌイットの少年たちが、四輪バギーを乗りまわしている。彼らが交わす言葉は流暢な英語だ。日本人かと思う顔立ちの中年女性たちとすれ違う。

 

「照れ屋なんだろうか」

 

彼女らは僕らと目が合っても、笑顔ひとつつくらなかった。表情がどこか暗い。

 

「とりつく島がないですよね」

 

カメラをのぞく阿部カメラマンが呟くようにいった。

 

「戻ろうか……」

 

北極海まで辿り着いた達成感はなかった。北極海から吹きつける氷点下の風が頰に痛い。もう冬は近い。

 

翌日からホワイトホースに向けて走り続けなくてはならない。その距離は1100キロを超える。