飛行機代、宿代、食事代…旅にかかる費用すべてを含めて「12万円」で世界を歩く。下川裕治氏の著書『12万円で世界を歩くリターンズ タイ・北極圏・長江・サハリン編』(朝日新聞出版)では、その仰天企画の全貌が明かされている。本連載で紹介するのは北極圏編。一行はついに今回のルートの最北端、北極圏の「トゥクトヤクトゥク」に辿り着いた。その達成感はというと…。
先住民「政府からの援助は酒代に」村の残酷な実態【北極圏への旅】 (※写真はイメージです/PIXTA)

30年前はあった「テントがなくなった」…残酷な理由

トゥクトヤクトゥクの村に入った。地図を頼りに、村の最北端に出た。「ARCTIC OCEAN」という標識が立てられていた。北極海である。北緯69度27分。今回のルートの最北端だ。鈍色(にびいろ)の海が目の前に広がっている。強風にあおられた波がコンクリートブロックに砕けている。

 

海岸でテントを探した。30年前、ここでイヌイットの中年女性を目にしていた。彼らは僕らと同じモンゴロイドだ。

 

――この村の北海岸に数個のテントや掘っ立て小屋が並んでいた。これがイヌイットの“夏の家”だった。近づくと、おばさんは粗末なテントのなかに隠れてしまったが、その顔は日本の片田舎で出会うおばさんを思い出させた。

 

あのときの表情を、30年がたったいまでも覚えている。おとなしそうな女性だった。体も小さかった。日本人より日本を感じたためだろうと思う。

 

しかし海岸にはひとつのテントもなかった。かつての掘っ立て小屋は、立派な2階建ての家になっていた。30年前に見たのは、氷が解ける夏だけの仮の家だった。海が氷で埋めつくされれば、沖へ移っていくのだ。しかしいま、目にする家からは暮らしのにおいがしてくる。

 

カナダ政府は、イヌイットの定住化を進めた。医療や子供たちの教育を考えれば、冬の間に陸地を離れ、男たちの猟につきそう暮らしは問題が多かった。しかし陸の上で暮らせといわれても、イヌイットには生きていく手段がなかった。

 

政府からの援助に頼ることになる。しかしその金は、男たちの酒代に消えていく。先住民と呼ばれる民族は、狩猟系の人たちが多い。彼らの体に流れる血はおおらかだ。せち辛い農耕民族とは違う。しかしその血が、援助に染まると、まるで化学反応を起こすかのように、腐ったにおいを発してしまう。世界のさまざまなエリアで起きていることだ。

 

30年前、このエリアで目にした先住民たちがそうだった。彼らは蚊が唸(うな)るツンドラ地帯に建てられた粗末な小屋のなかで酒に酔いつぶれていた。見てはいけないものを目にしてしまったような気分だった。

 

やがて秋を迎え、サケの遡上がスイッチを押すかのように彼らの目が輝いてくるのに違いなかった。川や海が凍ると、その上を自在に移動し、日本ではトナカイと呼ばれることが多いカリブーを仕留めていく。彼らの背はしゃきっとのびるのだ。しかし援助には、その精気を奪いとっていく構造が潜んでいた。