多くのオーナー様が目を逸らす「老朽アパートの問題」
新築時は目を見張るほどきれいだった建築物も、時間がたてば劣化が進行します。保有している収益不動産の場合、外観や室内の劣化は客付けに直結するため、こまめなメンテナンスが欠かせません。しかしながら、いくら不動産所得を得ているオーナー様とはいえ、資金計画等の都合もあります。いつも物件に目を配り迅速な対処を続けるのは、かなり難しいといえます。
大規模なリフォームやリノベーションが視野に入ってくる「築古物件」状態になっていても、一定の入居者様があり、一定の収益がある場合は、どうしても問題を先送りしがちです。
しかし、外観や内装の汚れ程度ならばともかく、建築から数十年が経過し、構造的な部分に問題が生じている場合は、オーナー様が想像する以上に、深刻な問題をはらんでいるといえます。
何より怖いのは建物の倒壊です。近年の地球温暖化の影響で頻発する台風、そして地震大国の宿命ともいえる、周期的な大地震で倒壊すれば、アパートオーナー様が被るダメージは計り知れません。なぜなら、入居者様に万一のことがあれば、すべて責任を負わなければならないからです。パナソニック ホームズ特建営業センター所長の榎本克彦氏は説明します。
「アパートオーナーの方なら、〈耐震基準〉という用語をご存じではないでしょうか。耐震基準には、1950年から1981年まで適用されていた〈旧耐震基準〉、そして1981年6月から適用されている〈新耐震基準〉があります。実は、令和時代となった現在も、賃貸物件として〈旧耐震基準〉で建てられたアパートが多く残っているのです」
旧耐震基準では、震度5強程度の揺れでも建物が倒壊せず、万一破損しても補修することで生活が営めるということが目安とされていました。しかしその後、1978年に発生した宮城県沖地震をきっかけに見直され、1981年の6月からは、震度6強~7の規模の地震動に対しても倒壊を免れるという規定が盛り込まれた新耐震基準が適用されることになり、以降、2021年現在も適用され続けています。榎本氏は続けます。
「では、新耐震基準を満たした建物なら大丈夫かというと、そうではないのです。中央防災会議が中部圏・近畿圏の内陸地震における被害を想定したデータによると、新耐震基準を満たす住宅であっても、震度7に達すると全壊率は5割を超えるとされています。実際、2016年4月の熊本地震で最大震度7を計測した同県益城町でも、2000年以降に建設された新耐震基準適用の家屋が51戸全壊したことが、日本建築学会九州調査で判明しています。たとえ基準を満たしていても、倒壊リスクは決して軽視できません」
国土交通省の文書『建築物の耐震診断及び耐震改修の促進を図るための基本的な方針』(国土交通省告示第百八十四号、2006年1月25日)には「建物の耐震性能を表すIs値が0.6未満であれば倒壊の危険性があり、0.3未満であれば倒壊の危険性が高い」との記載があります。
老朽アパートが倒壊したら、だれが責任を負うのか?
当然ですが、老朽化した建築物が破損・倒壊すれば、入居者様の身に危険が及びます。そして、老朽化アパートの倒壊の直接原因が地震という「天災」であったとしても、アパートオーナー様は、入居者様に対して重い責任を負うことになります。
民法606条1項には、オーナー様(賃貸人)がアパート(賃借物)の使用および収益に必要な修繕をする義務を負う旨が明記されています。原因についても特記事項はないため、天災による損壊であっても修繕義務が発生することになります。
また、民法717条第1項の工作物責任については「たとえ古い建築物であったとしても、所有者が責任を逃れられるものではない」と解釈されています。1999年9月に神戸地裁が下した判決では、阪神淡路大震災でマンションが倒壊して賃借人が死亡した事故において、同建物設置の瑕疵(契約上の品質や性能が備わっていないこと)が認められたほか、同じく神戸地裁は1998年6月、阪神淡路大震災でホテルが崩落して宿泊客が死亡した事故に関しても、建物の所有者に損害賠償責任があるとの見解を示しているのです。
第六百六条 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。
(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
第七百十七条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
2 前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3 前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。
防災の観点から、行政側も建て替えをフォロー
老朽アパートは、災害による倒壊だけでなく、それに伴う火災被害も懸念されています。そのため、行政も建て替えを促す政策を打ち出しており、費用の支援や規制緩和などを実施している地域もあります。
それらの制度を活用することで、より有利な条件で新たな賃貸住宅を建てることも可能になります。たとえば東京都であれば、「木密地域(もくみつちいき)」と定義されている木造住宅密集地域の中に「不燃化特区」を定めており、該当するエリアを管轄する区はそれぞれ助成金制度を用意しています。
たとえば品川区の場合、延床500㎡の木造住宅を同じ広さの耐火建築物に建て替えると、解体費として最大1,350万円、新築設計費や工事監理費で225万1000円、工事費で295万5,000円と、最大で合計1,870万6,000円の助成金を支給しています。さらに新築建物が賃貸併用住宅の場合、転居一時金、家賃、移転費用として101万円の助成金もプラスされます(諸条件あり)。
その一方、都市計画法で「市街地における火災の危険を防除するため定める地域」として指定されている、防火地域・準防火地域に建設された、耐火建築物や準耐火建築物(主要構造部が耐火構造になっている、あるいは政令で定める技術的基準に適合した建築物)は、「都市計画で定められた上限値+10%」の建ぺい率に緩和される措置も設けられています。該当地域にアパートを所有している場合は、通常よりも部屋数を増やすことが可能となり、より収益性の高い賃貸住宅を建設できるのです。
これらの点からも、ある程度の築年数となった賃貸住宅のオーナー様は、地震等による倒壊リスクや火災リスクの回避策について、真剣に考える必要があるといえます。
次回は、老朽化した収益物件にまつわる「相続の問題」を解説します。
監修:税理士法人四谷会計事務所
パナソニック ホームズ株式会社
営業推進部 特建営業センター 所長
榎本 克彦