書籍詳細

『抄訳 渋沢栄一 『至誠と努力』』

抄訳 渋沢栄一 『至誠と努力』

渋沢 栄一 奥野 宣之

出版社名:実業之日本社

発行年月:2021年2月

農民の子として生まれながら、尊王攘夷思想に傾倒し城の乗っ取りを計画するも中止。
そこから一橋家の家臣となって幕臣になり、認められてパリの博覧会へ派遣され、明治維新後に帰国。
大蔵省の官僚になるものの辞職して日本初の銀行の設立に尽力。
100年後のいま、日本資本主義の父と称される渋沢栄一。

なぜ彼はこんな人生を送ることができたのか。

本書は渋沢栄一75歳の時の講話録『至誠と努力』からその人生観や仕事観が凝縮された言葉を厳選し、
現代を生きる人たちへ向けたメッセージとして編訳した本です。

〈内容紹介〉
1章 仕事論―頼りにされる人になるために
2章 修養論―どのように人として成長していくか
3章 金銭論―カネの魔力に狂わされないために
4章 社会論―人々の暮らしを守るには
5章 発展論―日本の未来をどう切り開くか
6章 人生論―混迷の時代を生き抜く覚悟とは


天保11(1840)年、現在の埼玉県深谷市の血洗島の農家の家に生まれる。幼い頃から家業である藍玉の製造・販売・養蚕を手伝う一方で、父・市郎右衛門から学問の手ほどきを受ける。七歳になると従兄の尾高惇忠(じゅんちゅう)のもとへ『論語』などの漢籍をはじめとする学問を習いに通う。

20代で尊王攘夷思想の影響を受け、倒幕思想を抱き、惇忠らと高崎城乗っ取りを計画。しかし惇忠の弟・長七郎は京都での見聞からこれに反対、計画は中止に。

その後、従兄の渋沢喜作とともに京都へ向かい、一橋(徳川)慶喜に仕官。一橋家で実力を発揮し、二七歳のとき、慶喜の弟・徳川昭武に随行し、パリ万国博覧会を見学し、欧州諸国の実情に触れる。

明治維新となって帰国すると、日本で最初の合本(株式)組織「商法会所」を静岡に設立。その後、明治政府の大蔵省に仕官。大蔵省退官後、一民間経済人として株式会社組織による企業の創設・育成に力を入れるとともに「道徳経済合一説」を唱え、第一国立銀行(現・みずほ銀行)ほか、東京瓦斯(がす)、東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)、王子製紙(現・王子製紙、日本製紙)、日本鉄道(現・JR東日本)、秩父セメント(現・太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、麒麟麦酒(現・キリンホールディングス)、札幌麦酒(現・サッポロホールディングス)、東洋紡績(現・東洋紡)、大日本製糖、明治製糖、澁澤倉庫など、多種多様の企業の設立や運営に関わり、その数は500以上といわれている。

また、社会活動に熱心で、東京市からの要請で養育院(現在の東京都健康長寿医療センター)の院長を務めたほか、東京慈恵会、日本赤十字社、癩癩らいら予防協会の設立などに携わり、財団法人聖路加国際病院初代理事長など、約600もの社会公共事業、福祉・教育機関の支援と民間外交にも熱心に取り組み、数々の功績を残した。昭和6(1931)年、91年の生涯を閉じる。

著者紹介


著作家
文筆家

1981年、大阪府生まれ。大阪府在住。同志社大学文学部社会学科を卒業後、出版社および新聞社への勤務を経て、現在、フリーランスの文筆家。
2008年、『情報は1冊のノートにまとめなさい』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション)でデビュー。31万部のベストセラーになり、続編の『読書は1冊のノートにまとめなさい』(同)、『だから、新書を読みなさい』(サンマーク出版)と合わせて累計部数は48万部を超える(2009年12月現在)。

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