(※写真はイメージです/PIXTA)
「おめでとう」じゃなくて「ありがとう」なの?
ある日、サトコさんは思い切って長男に電話をかけ、何か気に障ることをしてしまったのかと尋ねました。すると長男は、妻が出産直後のサトコさんの言葉を気にしていると打ち明けました。
「母さんが『産んでくれてありがとう』って言っただろ。あれが嫌だったみたいなんだ」
長男によると、妻はその言葉を聞いて、義実家のために子どもを産んだかのように感じたのだそうです。
「普通、赤ちゃんが生まれたら『おめでとう』じゃないの? どうしてお義母さんに『ありがとう』って言われなきゃいけないの?」
さらに長男は、妻が以前から義実家の家柄を多少なりとも意識していたことを打ち明けました。サトコさん夫妻は昔から親戚づきあいが多く、家の歴史や親族のつながりを大切にしてきました。一方、長男の妻は地方の一般家庭で育ち、大学を卒業後は大手企業でキャリアを築いてきた女性です。
長男によれば、妻はそうした義実家の価値観に少し距離を感じていたようです。長男自身は、家庭環境や家柄にとらわれず、自分の力で人生を切り開いてきた妻の姿勢を尊敬していました。だからこそ、サトコさんの言葉も、単なる出産への感謝ではなく、「自分たちの家のために子どもを産んでくれてありがとう」という意味に聞こえてしまったのではないか、と長男は説明しました。
サトコさんは驚きました。嫁の出身家庭を気にしたことはありませんし、もちろん、家のために跡継ぎを産んでもらったなどと考えたこともありません。ただ、赤ちゃんが生まれてうれしく、出産を終えた嫁に感謝を伝えたかっただけでした。
長男も母親に悪気がなかったことは理解しているようでしたが、妻の気持ちを尊重したいと話しました。サトコさんは、嫁に直接説明する機会もないまま、電話を切るしかありませんでした。
友人から返ってきた思いがけない「解釈」
納得できないサトコさんは、長年親しくしている友人に相談しました。すると友人から、思いがけない言葉が返ってきました。
「最近は『産んでくれてありがとう』っていう言葉を、義実家のために産んだみたいで嫌だと感じる人もいるみたいよ。そういう解釈もあるみたい。確かお孫さん、男の子だったよね。それで余計にそう解釈しちゃったのかも……」
サトコさん自身は、その言葉を聞いてひっくり返りそうになりました。これまでそのように考えたことがありませんでした。夫に話しても、なぜ感謝の言葉が問題になるのか理解できない様子だったといいます。
夫妻には、もう一つ戸惑いがありました。出産祝いの50万円は長男夫婦も受け取っています。その後も、孫に必要なものがあれば買ってあげたいと伝えていました。もちろん、お金を出したから孫に会わせてもらえるとは考えていません。ただ、何かしてあげたいと思っているのに、会うことさえできない状況に困惑していました。
サトコさんが長男に、孫のために教育資金を用意しておきたいと伝えると、今は自分たちでやっていけるからと断られました。嫁からも、長男を通じて「お金の問題ではない」という言葉が伝えられたそうです。サトコさん夫妻は、長男夫婦の生活や育児方針に口を出したつもりはありません。それだけに、ここまで距離を置かれる理由が理解できず、どう接すればいいのかわからなくなってしまいました。
義実家の「家柄」が、言葉の受け止め方に影響した?
日本年金機構によると、2026年度の標準的な夫婦の年金額は月23万7,279円。サトコさん夫妻の月35万円という年金収入は、それを大きく上回ります。さらに6,000万円の金融資産があり、孫の教育資金などを援助する余力もあります。
また、内閣府「令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査」によると、今後、優先的にお金を使いたいものとして「子や孫のための支出(学費、こづかい等)」を挙げた人は25.8%でした。サトコさん夫妻も、初孫のためにお金を使うことを楽しみにしていました。一方、長男夫婦も世帯年収約1,200万円の共働き世帯です。住宅ローンはあるものの、経済的に自立した生活を送っており、親からの援助を必要としているわけではありません。
今回のすれ違いの背景には、サトコさん夫妻の家柄に加えて、家族観やジェンダー意識の違いもあるのかもしれません。
代々東京に土地を所有し、親戚づきあいを大切にしてきたサトコさん夫妻。一方、嫁は地方の一般家庭で育ち、大学卒業後は大手企業でキャリアを築いてきました。息子の妻にとっては、自分がどこの家に嫁いだかよりも、夫とともに築いてきた生活や、自分自身の意思が大切だったのでしょう。
また、出産を義実家にとっての慶事と捉えることと、産んだ女性自身の経験として捉えることでは、同じ言葉でも受け止め方が異なります。サトコさんの「産んでくれてありがとう」という言葉に、嫁は義実家という「家」の存在を感じ取り、反発した可能性があります。しかし、サトコさんにそのような意図があったわけではありません。出産を終えた嫁をねぎらい、初孫の誕生を喜ぶ気持ちから出た言葉でした。
親世代が大切にしてきた家族のつながりと、子世代が重視する夫婦単位の自立。親世代にとって自然な愛情表現が、子世代には負担になることもあれば、子世代が望む距離感が親世代には拒絶のように感じられることもあります。もっとも、相手が不快に感じる可能性のある言葉を、すべて予測することはできません。どちらか一方に問題があったと片づけるのではなく、互いの言葉の受け止め方や、家族に求める関係が異なることを理解する必要があるのではないでしょうか。
サトコさんは今も、嫁がなぜそこまで気にしたのか、理解できずにいます。初孫のために教育資金を用意したいという夫妻の気持ちは、今も変わりません。ただ、その思いを長男夫婦に伝えることさえ、ためらうようになりました。今は息子夫婦が歩み寄ってくれるのを待つ毎日です。
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