人生100年時代、長年住み慣れた「我が家」が、老後の安心を約束してくれるとは限りません。愛着による実家の維持、加齢に伴う身体機能の変化、そして災害時の避難リスクなど、高齢期の住まいを取り巻く課題は多様化しています。今回はある親子の事例から、高齢期の住まいと利便性について考えていきます。
駅前マンションのほうが便利なのに…〈年金月15万円〉76歳父、「築50年・不便な実家」を離れなかった理由 ※写真はイメージです/PIXTA

住まい選びで不可欠となる「地域生活インフラ」の維持

「家族との物理的距離は近いほうがいいと思ったんですが、父は今の日常が続くことを望んだんです」

 

茂さんが転居を踏みとどまった最大の理由は、医療機関へのアクセスでした。

 

「利便性だけを見れば、駅近くのほうが圧倒的に快適です。ただ、何かとお世話になっている行きつけの診療所は、ここから歩いて5分。引っ越せば、新しい病院を探さないといけない」

 

茂さんは慢性疾患を抱えており、定期的な診療が欠かせません。体調に異変が生じた際、すぐ診てもらえる環境は、大きな安心感をもたらします。

 

病院の存在だけではありません。自宅の周辺には長年利用している個人商店や、毎日の散歩で挨拶を交わす知人が暮らしています。近所のスーパーの従業員は茂さんの買い物の傾向を把握しており、「今日は安くなってるよ」などと、声をかけてくれる間柄です。

 

もし駅近くのマンションに引っ越したなら……住まいの段差や暑さ・寒さといった問題はすべて解決。快適そのものでしょう。しかし、50年で築いてきた人間関係やライフスタイルは失われます。

 

「この年になると、ちょっとした苦労よりも、環境が変わってしまうほうがツラいんだよ」

 

高齢者の場合、転居など、環境の変化により、孤立化したり、体調を崩したりすることも珍しくありません。厚生労働省『高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する資料』では、地域とのつながりや社会参加が、要介護状態の予防に寄与することが示されています。

 

結局、住み替えを取りやめた茂さん。長男の健一さんも、父親の気持ちを尊重しました。その代わり、自宅をリフォーム。玄関への手すり設置や浴室の段差解消など、必要な部分のみ工事を実施し、費用の一部は健一さんが負担しました。

 

「築50年の家のままでは、私安心できませんから」

 

老後の住まいを考える際、建物の新しさや駅からの距離といった条件に目が向きがちです。しかし、日常的な医療や地域住民との関係性といった「地域の生活インフラ」も含めて検討することが重要です。