※写真はイメージです/PIXTA
72歳父の本音「家族に頼りたくない」
ある日、誠さんは息子夫婦に改めて話をしました。
「この家をどうするかは、俺が決める」
これまでになく、はっきりした言葉でした。
「もう嫌われたっていいと思いました。家族の顔色を見ながら、人生の決断をするのも嫌でした」
息子は黙って聞いていたといいます。
「家族だからといって、何かあったときに甘えたくない。そのためには、駅近くに引っ越すか、施設に入るかの二択だと考えている。どちらにせよ、この家を売ったお金が必要なんだ」
20年間、一緒に暮らしてきた家族です。特に美穂さんとは、息子の妻という関係から始まり、長い時間を同じ家で過ごしてきました。家事もこなしてくれました。感謝しかありません。それでも、今回は引き下がりませんでした。
内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、要介護者等から見た主な介護者のうち、同居している家族は45.9%です。内訳は、配偶者22.9%、子16.2%、子の配偶者5.4%となっています。家族と暮らしている高齢者にとって、住まいと介護は切り離して考えにくい問題です。
だからこそ、誠さんは「家を残すること」と「将来の世話をしてもらうこと」を同じ話にしたくありませんでした。
「家を残してやるから面倒を見てくれ、というのも違うと思ったんです」
自宅については、その後も息子夫婦と話し合っています。すぐに売却するのではなく、誠さん自身の生活費や介護費用など、今後必要になるお金を整理したうえで決めることにしました。
20年間、大きく浮いた住居費の代わりに、息子夫婦は手堅く資産運用を進めていました。これからの住まい、購入でも賃貸でも、どちらの選択肢でもお金の不安はありません。ただ住み慣れた家への思い入れは強く、すんなりと受け入れることができずにいたのだといいます。
内閣府『令和5年度高齢社会対策総合調査(高齢者の住宅と生活環境に関する調査)』によると、60歳以上の約3割(30.4%)が住み替え意向を持っています。住み替えを検討する理由では「健康・体力面で不安を感じるようになったから」(24.8%)や「自身の住宅が住みづらいと感じるようになったから」(18.9%)が上位を占めています。
免許返納や交通不便、将来の介護を見据え、家族に頼り切ることに引け目を感じて住まいの売却や移動を模索する誠さんの葛藤は決して特別ではありません。自分らしい老後を守るための決断と家族の思いをどう擦り合わせるかが問われています。