老後の住まいや暮らし方を巡り、同居する家族に気を使って本音を言えない高齢者たち――家族を思いやる一方で、自分らしい老後を見据えての決断はどのように下すべきなのでしょうか。ある72歳男性のエピソードから考えていきます。
「もう嫌われたっていい」〈年金月17万円〉〈預貯金2,000万円〉72歳男性、嫁を迎えて20年…我慢の末にやっと言えた「本音」 ※写真はイメージです/PIXTA

72歳父、自宅の売却を長男に相談したら…

池田誠さん(仮名・72歳)。妻と2人で暮らしていた自宅に、20年前、結婚した息子夫婦が加わりました。その後、息子夫婦に子どもが生まれ、三世代5人の生活が始まりました。

 

家事は基本的に息子の妻である美穂さん(仮名)が率先してやってくれたといいます。

 

「妻との折り合いもよかったし、生活の仕方はそれぞれ違いますから。気になることがあっても、嫁に言うのは控えてきました」

 

しかし3年前、誠さんの妻が亡くなりました。孫も大学生になり、この家を出ていきました。誠さんと息子夫婦、3人の暮らしです。

 

そうなったのを機に、誠さんは自分のこれからの生活について考えるようになったといいます。

 

現在、受け取っている公的年金は月17万円ほど。預貯金は2,000万円ほどあります。生活に不安はありません。ただ自宅は駅からも、最寄りのバス停からも遠く、お世辞にもアクセスがいいとは言い難いロケーションです。

 

そろそろ、免許返納を考えています。そうなると足がなくなります。買い物に行くのも、病院に行くのも、車なしでは大変です。毎回、長男夫婦が同行する――当たり前の光景のように思えましたが、家族とはいえ頼り切りになることに引け目を感じたといいます。

 

将来的に介護が必要になる可能性もあります。息子夫婦にサポートを頼む光景も想像できましたが、やはり家族であっても過度に依存することへの抵抗感は拭えませんでした。

 

そして今の家に住み続けることが最善なのか――迷いが出てきました。自宅を売却して、より生活しやすい住まいに移る。または施設への入居というのも選択肢でしょう。売却代金の一部を老後資金として確保したら、より老後が安定したものになる――そう考え始めたのです。

 

しかし、息子夫婦に話したところ、思っていた反応は返ってきませんでした。

 

「『ここを売ったら俺たちはどうするんだ』というのが、息子の第一声でした」

 

美穂さんからも、今の家を残してほしいという話が出ました。確かに、20年暮らしてきた家です。息子夫婦にとっても、子どもが育った場所です。「売る」と言われ、「はいそうですか」と簡単に言えるものではないことくらい、誠さんもわかっていました。

 

それでも誠さんは72歳。この先、何年元気に暮らせるかは分かりません。自分の老後資金について、家族の希望だけを優先して決めるわけにもいきません。

 

厚生労働省『2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況』によると、2025年時点で65歳以上の人がいる世帯は2,761万4,000世帯で、全世帯の50.2%を占めています。高齢者のいる世帯は珍しいものではなく、家族と同居するケースもあります。住まいや生活をどう維持するかは、高齢期の家族にとって身近な問題です。

 

誠さんが悩んだのも、単純な「家を売るか、残すか」という話ではありませんでした。

 

家を残せば、息子夫婦は今まで通り暮らせます。

 

しかし、そのために自分が望む老後の暮らしを我慢する必要があるのか。

 

その迷いが、少しずつ大きくなっていきました。