(※写真はイメージです/PIXTA)
寂しくなった誕生日
「今年は、なかったんです……」
地方の小さな平屋で、ナオコさんはポツリと呟きました。
ナオコさんは、月に約14万円の年金で一人静かに暮らしています。夫とは4年前に死別しました。遺族年金を受給していますが、収入面は贅沢ができるほど余裕はありません。ですが、日々の食費や光熱費を工夫し、几帳面に家計簿をつけながらやりくりしてきました。
そんなナオコさんにとって、最大の生きがいは都内のIT企業で働く孫のナツさん(25歳)の存在でした。ナオコさんは昔から料理・お菓子作りが得意で、かつて娘(ナツさんの母)に手ほどきをし、その技術と味は孫のナツさんにもしっかりと受け継がれています。お菓子作りが得意に育ったナツさんは、社会人になってからも毎年、ナオコさんの誕生日には手作りのケーキをクール便で送ってくれていたのです。
ナオコさんはそれがなにより誇らしく嬉しかったため、ナツさんが帰省した折には「いつも美味しいケーキをありがとう」「お仕事頑張ってね」と孫を想う気持ちを伝えます。その際、気持ちばかりにと1万~3万円のお小遣いをポチ袋に包んで手渡すのが習慣になっていました。
しかし、ここ最近の物価高で電気代や食品の値上がりが続き、月14万円の年金から数万円のお小遣いを捻出するのは、ナオコさんにとって負担となっていました。それでも、「お小遣いを渡すことで頼れるおばあちゃんでいたい」「孫との繋がりを失いたくない」という気持ちから、時には食費を削ってまでお金を準備していたのです。
ナオコさんが80歳の大台に乗った誕生日のこと。例年であれば前日か当日の午前中に届くはずの手作りケーキが、待てど暮らせど届きません。
胸がキュッと締め付けられるような寂しさが押し寄せ、ナオコさんは静かに肩を落としました。そんななか、携帯電話に1通のメールが届きました。ナツさんからでした。
『おばあちゃん、84歳のお誕生日おめでとう! なかなか会いに行けないけれど、身体に気をつけて、いつまでも元気に長生きしてね』
文面には、手作りケーキについては触れられていません。ナオコさんは、画面に並ぶ短い言葉を何度も読み返すうち、ハッとさせられました。ナツさんはいま、社会人として責任ある仕事を任され、日々忙しく頑張っているはずです。材料を揃えてケーキを焼いて、梱包して送る時間すら作れないほど忙しいなかで、それでも忘れずに祝ってくれたのです。
ナツさんが毎年時間を割いて焼いてくれていたケーキも、自分が無理をして手渡していたお小遣いも、どこか「祖母想いのいい孫」「頼もしいおばあちゃん」でお互いにいつづけなければならないという、見えない義務感になっていたのではないかということに、ナオコさんは気づきました。
「ナツはもう立派な大人。私が無理をしてお小遣いを包んで『頼もしいおばあちゃん』を演じる必要なんて、なかったんだわ」
手作りケーキが届かなかった落ち込みの先に、自分のエゴや見栄に気づいたナオコさんは、80歳の誕生日を境に、孫へのお小遣いをやめる決意をしました。
数ヵ月後、久しぶりに遊びに来てくれたナツさんに、ナオコさんはいいました。
「たくさん食べていきなさい」
ナツさんは「うん、おばあちゃんの肉じゃがが一番嬉しい!」と笑いました。お金のやりとりがなくなったことで、二人のあいだにはこれまで以上に素直で温かい時間が流れるようになったのです。