「公務員や大企業こそが勝ち組」といった親世代の古い安定観は、時に子どもの可能性を狭め、深刻な生きづらさを生み出すことも。親の望むレールを走り続けてきた子どもが、新しい出会いや価値観を通じて自立を果たすとき、親との対立は避けられません。事例を紹介します。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
「公務員の退職金2,200万円が誇りだった」テレビを見ては批判と悪口を繰り返す日々を送る60歳夫婦、同じく公務員の31歳一人息子の“結婚式の感想”を伝えたら…6年間〈初孫〉に会えなくなったワケ (※画像はイメージです/PIXTA)

父の癖がうつった母

<事例>

父Tさん 60歳 地方公務員(今年度定年退職予定・退職金見込額 約2,200万円)

母Yさん 60歳 専業主婦

長男Sさん 31歳 地方公務員(年収 約480万円)

長男の妻Aさん 31歳 会社員(年収 約450万円)

長男の妻の父親 57歳 精密部品製造業 経営者(役員報酬 約2,500万円)

 

TさんとYさんの夫婦は、東京都内に住む60歳の夫婦です。結婚したのは23歳のとき。夫Tさんがまだ新卒で働きだした翌年のことでした。当時でも新卒2年目での結婚は「早すぎる」と周囲が驚きました。夫Tさんの母親ははっきりと結婚に反対していたほどです。「もっと人生経験を積んでから、この人ならと思える女性と結婚しなさい」と何度もいわれました。

 

当時、妻のYさんも23歳。高校を卒業してからずっと家業の八百屋を手伝っていて、外の会社に就職したことは一度もありません。Yさんの両親は「女性は24歳までに結婚するのだから進学も就職も必要はない」という考えでした。それは、1980年代の当時でも古臭い考え方だったものの、「女性は結婚したら専業主婦になるもの」という価値観が残っていた時代でもあります。

 

小学校の教員だった夫Tさんの母親は、Yさんのことをあまり快く思っていないようで、「専業主婦になるのが前提で結婚するなんて、あなたあとで苦労するよ」と忠告しましたが、Tさんは構わず結婚。予定どおり、Yさんは専業主婦となりました。

 

妻のYさんは社会に出た経験がなかったこともあり、社会のことを学ぶのはすべて夫のTさんからでした。考え方から話し方、価値観まで次第に夫に染まっていったのです。その様子が夫Tさんにはとても可愛らしく見えたとのこと……。

 

昔から夫Tさんには、「ある癖」がありました。見聞きするものをなんでも否定、批判するのです。まだ20代半ばだったときも、家に帰れば上司の批判、同僚の悪口。テレビでニュースを見れば政治家を罵倒し、歌手を見れば「へたくそ」とヤジを飛ばす。見るものすべてを悪くいう姿はあまり褒められたものではありませんが、妻Yさんはその姿にも影響を受けてしまったようです。

 

テレビを見ては夫婦で悪口と否定ばかり。誰かを非難するとき、2人の会話は一段と盛り上がりました。妻Yさんはそれが知的なことと思い込んだのかもしれません。

 

そのような夫Tさんの性格ですから、友人は一人もいません。2人の結婚式に夫の友人は一人も来ませんでした。「夫はあまりベタベタした人付き合いはしないから」と妻Yさんは考えてきました。

 

実際のところは、悪口ばかりの人間と付き合いたい人などいないでしょう。夫Tさんにとって結婚前のYさんは恋人である以前に唯一の友人だったということの意味を、Yさんは気づきませんでした。

 

Tさんの歪んだ思考に拍車をかけたのが、「安定した選択をした自分は絶対に正しい」という過剰な自負です。

 

バブル崩壊やリーマンショックを経て、周囲の民間企業勤めの人々がリストラや給与カットに怯える姿を見るたび、Tさんは「自分は安定した公務員である」という優越感に浸りました。「民間はいつ倒産するかわからない泥舟だ」「公務員こそが最高の勝ち組なんだ」。

 

定年が近づくにつれ、その口癖はより強固なものになっていきました。今年度の定年退職で支給される約2,200万円の退職金と、手厚い共済年金。それこそが、自分が我慢を重ねて手に入れた人生最大のトロフィーであり、正しさの証明だと信じて疑わなかったのです。

 

両親から多大な影響を受けた一人息子

一人息子のSさんが生まれても、2人の批判癖は止まりません。夫婦はSさんの友人のことも、「親の職業が悪い」「あそこの家は自営業だからいつ破産するかわからない」「目つきが悪い」「挨拶をちゃんとしない子とは縁を切れ」などと口出します。

 

Sさんも両親からの影響を受け、絶えず誰かの悪口をいうように。Sさんが悪口をいえば両親が興味を示してくれるからです。逆に誰かを褒めるようなことをいえば、両親はSさんを嘲笑い、からかっていました。

 

Sさんもまた、友人ができない子どもとなり、高校でも昼食は一人ぼっち。癖になった陰口のせいで、同級生のなかでトラブルになることもしばしば。

 

進路を決める際も、Tさんは「民間企業なんて全部ブラックだ。公務員以外はまともな仕事じゃない」とSさんに刷り込み続けました。その結果、Sさんも都内の自治体に地方公務員として就職します。年収は約480万円。親の望むレールに乗り、生活の安定は手に入れたものの、Sさんは職場で周囲から距離を置かれています。父そっくりの批判癖のせいで、心を通わせられる同僚など一人もいなかったのです。

 

そんななかで初めて交際したのが、大学時代の同級生だった女性のAさんです。街で偶然再会したのをきっかけに交際がスタート。天真爛漫で明るいAさんには似つかわしくないような、根の暗いSさんでしたが、交際を通じて驚くほど性格が変わっていきます。