(※画像はイメージです/PIXTA)
両家の決定的な違い
息子Sさんには忘れられない嫌な記憶があります。
Sさんが中学生のころ、学校の行事で有名劇団のミュージカル鑑賞が組まれました。Sさんはミュージカルを観たことがなく、とても楽しみにしていたのですが、行事のしおりを見た母Yさんの第一声は「こんなの観て意味あるの」でした。
Yさんは、鑑賞チケットが高いことに驚いたという意味だったようですが、すべて悪口に変換されて言葉に出てしまうのです。Sさんはその言葉が気になり、観劇の当日も心が晴れないまま。自分の楽しみにしていた気持ちまでも否定されたように感じ、せっかくの人生初のミュージカルも全力で楽しめませんでした。
「どうせこんなの意味のないものなんだよな」と、自分の純粋な関心や楽しみを持つことに罪悪感を植え付けられてしまいました。次第に、Sさんも両親と同じように他人を認めず、褒めず、まずは悪口をいう性格になっていきます。
SさんがAさんと付き合いはじめて驚いたのは、その明るさでした。なにが起きても面白がり、人の話を最後まで笑って聞き、初対面の相手にも物怖じしません。
旅行先でレンタカーで自損事故を起こしたときも、動揺しレンタカーの整備不良のせいにしようと怒り出したSさんに対し、Aさんは「相手がいない事故でよかったよね! これで忘れられない旅行になったじゃん」と大笑い。Sさんは他人のせいにしようとする自分の考えを恥ずかしく思いました。
そんな天真爛漫さを、Sさんは最初、少し穿った目で見ていました。「経営者の娘で、苦労を知らずに育ったから明るいだけだろう。きっと頭がよくないんだ」とまで考えていたほどです。
ところが新婦のAさんの実家を訪ねて、その理由がはっきりしました。お金があるから明るいのではなく、家の中に人をけなす言葉がないから、この人はこう育ったのだとわかったのです。こんな家があるのかと、Sさんはそのとき、自分の育った家との違いを痛感しました。
Aさんの父Hさんがある日、Sさんを釣りに誘ってくれました。Aさんと3人で向かったのは渓流釣り。釣りをしたことがないSさんにHさんが手ほどきをしました。秋晴れの日、渓流の音しかしない大自然のなかで、Sさんは初めての釣りに夢中に。Aさんは子どものころから釣りに親しんでいるらしく、Sさんをサポートしてくれます。
その帰り道のこと。Hさんの高級SUVのなかで、HさんがSさんにこういいました。
「どうだ、楽しかったか?」
Sさんは驚きました。「何匹釣れた?」ではないのです。楽しかったか、などと他人からいわれるのは初めてでした。自分の父親なら、「ちゃんと覚えたのか?」、母親なら「意味あるのそんなの」だったでしょう。Sさんは心から楽しんだことを誰も否定しないこの家族のあり方に、ショックすら覚えます。
もう一つ、Sさんが忘れられない場面があります。別の日に、Aさんの父Hさんから「仕事はどうだ」と聞かれたときのことです。Sさんは答えに詰まりました。どうといわれても、なにをいえばいいのかわかりません。頭に浮かんだのは、会社の制度の不備や、上司の判断への疑問ばかりでした。実はSさんは以前、「どう?」とだけ聞いてくる人を、あいまいな質問しかできないパワハラ親父だと軽蔑していました。なにを答えてほしいのか示さない、無責任な問いだと思っていたからです。
Hさんは、その沈黙をそのまま見逃しませんでした。「S君、楽しくやってますっていえないのかな」と、責める調子ではなく、不思議そうに聞きます。「答えなんてなんでもいい、楽しく生きてるかって意味で質問されているんだよ」と、Hさんが教えてくれました。
「人生は楽しくやろう。どうだ?と聞かれたら、楽しいと即答できる生き方にしような」
Hさんはこう続けました。
「会社をやっているとね、楽しいことばかりじゃないんだよ。同業者から悪質な嫌がらせを受けたこともあるし、胡散臭い業者はいまでも毎週のようにやってくる。昔は従業員から訴えられたこともあった」
Sさんは耳を疑いました。いつも楽しそうにしているこの人に、そんな歴史があるとは想像もしていなかったのです。
「役所には役所の理不尽があるだろう。会社経営も同じくらいある。どこで働いたって、嫌なことの量はそう変わらない。だからこそ、楽しくやると自分で決めるんだよ。決めておかないと、あっという間に愚痴で人生が埋まってしまうからね」
義父となったHさんと話をするたびに、Sさんは自分の生い立ちの歴史が勢いよく巻き戻される気がしました。こんな世界があるのか、こんなに楽しそうに生きて、仕事をし、裕福に暮らす人たちがいるのかと、何度もショックを受けました。それと同時に、退職金と年金のためだけに他人の悪口を燃料にして生きている実の父親の姿が、途端にみすぼらしく見えて仕方がなくなったのです。