定年を迎えたら、しばらく仕事を離れて趣味や旅行を楽しみたい――。そんな「セカンドライフ」を思い描く人は少なくありません。ところが、いざ再び働こうとしたとき、現役時代の経験や肩書が思わぬ壁になることがあります。退職金があれば大丈夫、と考える前に知っておきたい現実とは。
「仕事なんていくらでもある」〈退職金2,500万円〉60歳・元部長、趣味三昧の1年後、再就職を目指した「ハローワーク」で膝から崩れ落ちたワケ ※写真はイメージです/PIXTA

60代の再就職、高すぎる壁

一方で、定年退職から1年ほど経つと、そろそろ働こうかと思うようになりました。

 

「再雇用で働いている同期の話を聞いて、現場が恋しくなってきました。シニア社員でも現場で活躍している同期も多くて……自分ならもっとやれる、と思ったんですよね」

 

61歳になった樋口さんは、早速求人を探し始めました。

 

「大手の部長までやっていたんだから、仕事なんていくらでもある」

 

そう思っていました。しかし実際は違いました。希望したのは、正社員。できれば営業管理職。年収は最低でも600万円。勤務地は自宅から1時間以内。

 

しかし、そうした求人は極端に少なかったのです。

 

一抹の不安を感じ、転職サイトへの登録のほか、ハローワークにも向かうことにしました。そこには60歳以上の再就職を支援する、専門の窓口がありました。

 

「ここならすぐに仕事が見つかる」

 

そう思っていました。担当者に職歴を伝えます。

 

「営業部長をされていたんですね」

 

そこまでは順調でした。次に、希望条件を聞かれました。正社員、年収600万円以上、管理職経験を生かしたい、土日休み。担当者は求人票を何枚か並べました。

 

しかし、その多くは年収300万円前後でした。管理職ではありません。営業職でも、これまでとは仕事内容が違います。

 

「この条件では、かなり絞られてしまいます」

 

そう言われた瞬間でした。樋口さんは黙りました。そして、求人票を見ながら小さな声で言ったそうです。

 

「……こんなにないんですか」

 

併せて利用していた転職エージェントからも「この条件だと、ご紹介できるお仕事はかなり限られており、競争率も非常に高いです」と言われました。試しに応募してみるものの、書類選考さえ通らないということが続きました。

 

現実を知った樋口さん。2カ月ほど同条件での就職活動を続けましたが、箸にも棒にもかからない状況下で、条件を下げる決断をします。

 

「このまま無職の状態が続くことに焦りを感じました」

 

年収600万円以上という条件を外し、管理職にもこだわらない。これまでの営業経験を生かせる仕事に絞って探しました。その結果、都内の従業員50人ほどの機械部品メーカーに、法人営業として採用されました。

 

年収は約400万円。現役時代の年収1,000万円超から比べれば、大幅な減収です。役職もありません。部下もいません。

 

「最初に年収を聞いたときは、正直、ここまで下がるのかと思いました。でも妻から『これまでやってきたことを生かせていいじゃない』と言われて、決断しました」

 

厚生労働省『令和7年賃金構造基本統計調査』によると、「60〜64歳」非正規雇用/男性の平均月収は31.0万円、年収は479.0万円。年収400万円は、統計的にみても平均以下です。

 

しかし、前出の通り、多くが再雇用で働く状況下で、再就職で平均以上の給与を得るのは狭き門です。条件を下げることで納得のいく再就職を果たした樋口さんの選択は、非常に現実的な判断だったといえそうです。