十分な退職金を得て定年退職した元エリート会社員。十分な資産がありながら、ふと訪れる静かな現実に焦りを覚える――。ある男性の事例から、定年後の現実と孤独感に揺れながらも、新たな一歩を踏み出すヒントを探ります。
「退職金3,000万円」「月収77万円」大手勤務の60歳部長、一本締めで定年退職…大きな花束を抱えて帰宅しても「出迎える人」がいない現実 ※写真はイメージです/PIXTA

会社員人生、有終の美

「長い間、本当にお疲れさまでした」

 

大手メーカーの部長職として最後の出勤日を迎えた佐藤浩さん(60歳・仮名)。午後5時から開かれた送別会には、かつての部下や同僚が集まりました。

 

最後は一本締め。大きな花束を受け取り、記念品も渡されました。「本当にお世話になりました」と声をかけられ、浩さんは笑顔で頭を下げました。多くの人に祝福され、「いい会社員人生だった……」と、何とも言えない気持ちがこみ上げてきます。

 

定年直前の月収は77万円。勤続38年。退職金は約3,000万円受け取れる予定です。定年後は、しばらくゆっくりするつもりでした。

 

自宅は東京都内の分譲マンションです。住宅ローンは55歳で完済しており、預貯金を含む金融資産は退職金を除いて約2,500万円ありました。

 

「お金の心配は、しばらくしなくていいと思っています」

 

最後の出勤を終え、帰宅。自宅の玄関を開けます。

 

「おかえりなさい。おつかれさまでした」

 

ドラマなら、そのような出迎えがあるかもしれませんが、浩さんが「ただいま」と言ったところで、返事はありません。10年前の離婚以来、一人暮らしです。長男は32歳で、都内で会社員として働いていますが、月に一度、連絡を取る程度の関係だといいます。

 

時計は午後7時を指しています。いつもなら、まだ会社にいる時間です。

 

「帰りは早くて21時。こんな時間に家にいる状況が、何となく気持ち悪かった」

 

今日で、会社員という肩書を失いました。「とりあえず一区切りつけたかった。一度立ち止まって今後のことを考えたかった」というのが、再雇用を断った理由です。

 

高年齢者雇用安定法に基づき、企業には65歳までの雇用確保が義務付けられています。厚生労働省『令和7年 高年齢者雇用状況等報告』によると、定年を「60歳」とする企業は依然として62.2%を占めています。また同報告の参考データによれば、継続雇用の基準適用年齢に達した労働者のうち「継続雇用の更新を希望しなかった者」はわずか6.6%にとどまります。