(※画像はイメージです/PIXTA)

事業承継の成否は、契約締結時にはわかりません。成約後、新体制で始動してはじめて、成功・失敗を判断できるのです。特に医療機関や介護事業者のような「現場スタッフの働きがサービス品質に直結する業種」では、経営者の交代が、良くも悪くも現場に大きな影響を与えます。そこで今回、事業承継の成約後における「売り手」「買い手」双方の具体的な手続きやタイムライン、失敗を防ぐためのポイントを見ていきましょう。船井総合研究所あがたFAS・チーフコンサルタントの田畑伸朗氏が解説します。

事業承継「成約後」の全体像

事業承継の成立後、新体制への移行が完了するまでの期間は、一般的に3ヵ月~1年ほどかかります。全体の流れは、大きく以下の3つのフェーズに分けられるでしょう。

 

1ヵ月目~2ヵ月目…フェーズ1.プレ移行期

売り手(現経営者)が、主に各種行政手続きの準備や、関係者への情報開示など、移行に向けた基盤づくりを進めます。

 

2ヵ月目~6ヵ月目…フェーズ2.業務引き継ぎ期 

主に売り手が、現場同行をはじめ、主に実務レベルの引き継ぎを行います。同時にスタッフ面談を通じて、ノウハウや理念の共有にも注力します。

 

6ヵ月目~1年後…フェーズ3.完全移行期 

買い手(新たな経営者)による新体制へと完全移行します。

 

ここで認識しておきたいのが、成約の翌日から経営者が入れ替わり、いきなり新しい理念や方針を示したとしても、現場はすぐに受け入れることができないという点です。したがって、現場の理解を得ながら、徐々に浸透させていく必要があります。混乱を避けるためにも、上記のような綿密な計画に基づいた「ソフトランディング(軟着陸)」が求められるのです。

売り手(現経営者)の動きと手続き

売り手(現経営者)にとって、事業承継成約後は、「これまでの経営を清算し、次世代へバトンを渡す」重要な期間です。主に次の3つの軸で動くことになります。

 

1.資産・権利の譲渡手続き

譲渡契約書の契約内容に従い、資産の移転手続きを行います。

 

預貯金口座や各種名義の変更や解約

不動産(賃貸物件・自社ビル)の新オーナーへの名義変更手続き

リース契約や取引先との契約の巻き直し

 

2.患者・利用者の引き継ぎ

クリニックなどの医療機関や、介護施設などのサービス業は、患者や利用者との信頼関係が重要な業種です。したがって、買い手が信頼できる相手であることを丁寧に説明し、通院やサービスの利用が途切れないようケアします。

 

3.退任準備と関係者への挨拶

長年連れ添った従業員や主要な取引先に対し、承継の経緯と感謝の気持ちを伝えましょう。伝えるタイミングや順番を誤ると、「見捨てられた」「失礼だ」などと逆に不信感を招くおそれがあるため、買い手やM&A専門家と相談のうえ、慎重に情報開示を進める必要があります。

買い手(新経営者)の動きと手続き

買い手(新経営者)にとって、成約後は「新しい組織の基盤を固め、自らの経営体制を構築する」ための、非常に負荷の高い期間です。主に、次の3つの軸で進めていきましょう。

 

1.行政・法的な運営引き継ぎ

医療・介護業界のような許認可事業では、行政手続きを遅滞なく行うことが最優先です。

 

役員変更登記、代表者変更届の提出

保健所や厚生局、各自治体への許認可の承継・新設届

税務署や社会保険事務所への各種変更届

金融機関への説明、前経営者の連帯保証解除手続き など

 

2.スタッフ教育と信頼関係の構築

承継後に最も恐れるべきは「スタッフの離職」です。必ず、既存スタッフとの個別面談を早期に実施して、次のように本音ベースでのコミュニケーションを図るようにしましょう。

 

既存の雇用条件や処遇の維持を明言し、まずは安心感を与える

新しい経営理念や方針は伝えるものの、急激なルール変更は避ける

前経営者のやり方を頭ごなしに否定せず、リスペクトを示す

 

現場のオペレーションに慣れるまでは、新経営者自身が現場に深く入り込み、スタッフと同じ目線で業務を理解することが重要です。

 

3.事業計画の作成・開示

新経営者が思い描く将来像に基づき、「事業計画」を策定します。5年後・10年後の目標数値を盛り込み、事業の方向性を明確に示しましょう。また、策定した計画は全体会議で説明し、スタッフ全員がいつでも見ることができるよう、掲示板などで共有することをお勧めします。

事業承継成約後の注意点

成約後のトラブルを防ぐため、売り手・買い手の双方が肝に銘じておくべきポイントがいくつかあります。

 

まず、売り手の注意点は「経営に口を出し過ぎない」ことです。近年、顧問などの立場で、承継後も現場に一定期間残るケースが増えています。

 

その際、つい昔の感覚でスタッフに直接指示を出したり、新経営者への不満を口にしたりしてしまうと、現場を混乱させ、新経営者の求心力を損なう原因となります。売り手は一歩引き、聞かれたことに答える「アドバイザー」のスタンスを徹底するようにしましょう。

 

一方、買い手の注意点は「急激な改革は逆効果であると認識する」ことです。せっかく譲り受けたのですから、すぐに「非効率な業務を削減し、現場のやり方を大きく変えていこう」などと焦るのは禁物です。

 

急激な変化は、既存スタッフにとって強いストレスとなります。前述したように、最初の移行期間(フェーズ1・フェーズ2)は現状維持と観察に徹し、スタッフと十分な信頼関係を築くことに注力してください。

 

新経営者とスタッフの目線が揃ってこそ、はじめて改革に踏み切ることが可能となります。

「タイムライン作成」が事業承継の“真のゴール”へ向かう第一歩に

事業承継において、契約書の締結は全体プロセスの“折り返し地点”に過ぎません。成約後に売り手と買い手がどれだけ強固な協力体制を敷き、互いにリスペクトを持って引き継ぎ業務に取り組めるかによって、その後の命運が決まります。

 

売り手はこれまでの歴史を丁寧に引き継ぎ、美しく身を引く。一方買い手は、既存の文化を尊重しつつ、焦らずに新経営体制へ移行する。 お互いに同じ方向を向き、綿密なコミュニケーションをとり続けることが、事業承継を“真のゴール”へと導く唯一のカギとなります。

 

事業承継を検討する際は、事前に「成約後のタイムライン」を共有し、共通認識を持つことから始めてみましょう。

 

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著者:田畑 伸朗

株式会社船井総合研究所あがたFAS /チーフコンサルタント

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