「え、なんでだ…?」年商数億円・66歳の開業医を襲った“まさかの大誤算”
「え、なんでだ……?」
とある地方都市で、長年にわたり地域医療の重鎮として街を支えてきた章一郎さん(仮名・66歳)は、いま大きなショックを受けています。
数日前、都心部の高級料亭で、院長候補の長男・健太さん(仮名・32歳)と事務長候補の次男・健次郎さん(仮名・28歳)と会食したときのことです。健太さんの口から飛び出した言葉が、いまもなお脳裏から離れません。
「悪い。俺、親父のクリニックを継ぐつもりはないよ」
章一郎さんは、名門大学医学部の消化器内科医局に長年属し、関連の総合病院で昼夜を問わず過酷な研鑽を積んできました。医師18年目、満を持して現在の地に開業してからの24年間は、地域のニーズに応えるべく、専門の内科にとどまらず、医師を雇用して小児科、整形外科、皮膚科、さらには時代に先駆けた在宅医療へと次々と診療の幅を広げてきました。
その結果、いまやスタッフは数十人を数え、年商は数億円規模にまで拡大。地域住民からは「なにかあればあそこの先生に診てもらえば安心」と絶大な信頼を寄せられ、名実ともにトップクラスの「地域密着型クリニック」を築き上げたという揺るぎない自負があったのです。
これで安泰のはずが…父の背中を追い、見事「医師」になった32歳長男
長男の健太さんは、幼いころからそんな章一郎さんの背中を間近で見て育ちました。深夜の急な呼び出しにも嫌な顔ひとつせず、ただひたすらに患者のために尽くす父親の姿。
健太さんはかつて目を輝かせながら、「将来は僕も医者になって、お父さんの病院を手伝うよ」と言ってくれました。あのときの体の底から湧き上がるような喜びを、章一郎さんはいまでも鮮明に思い出すことができます。
健太さんはその言葉どおりに見事医学部へ合格し、卒業後は都内の大規模な総合病院で内科勤務医として順調にキャリアを積んでいました。さらに4年前からは、章一郎さんのクリニックへ週に1回、非常勤医師として内視鏡検査の手伝いに来るようにもなっていました。
真新しい白衣に身を包み、医療機器を使いこなしてテキパキと検査をこなす息子の頼もしい姿を見て、章一郎さんは胸をなで下ろしていました。
「これでクリニックの未来も安泰だ。そろそろ私も退く準備をして、本格的に承継の話を進めよう」と考えていた矢先のことでした。
「泥臭い地域医療は無理」32歳長男が口にした“残酷な本音”
しかし、現実は残酷なものでした。
「そろそろ総合病院を辞めて、常勤としてうちに戻ってこないか」と切り出した章一郎さんに対して、健太さんが口にしたのは、昭和の医療者とは大きく異なる「現代の医師」としての価値観でした。
「親父のこれまでの活躍は心からリスペクトしてる。でも、俺にはあの泥臭い地域医療は無理だ。いつ呼び出されるかわからない個人宅や認知症グループホームへの往診、医師会業務に24時間追われ、自分の時間が年に1週間もないような生き方はしたくない。これからの医療は斜陽産業でリスクも大きいし、ビジネスとして割り切る時代。俺は都内で最先端の予防医療や、医療ベンチャーのインフラ作りに携わりたいと思っている」
息を呑む章一郎さんをよそに、健太さんの言葉はさらに続きました。
「それに、申し訳ないけどいまさら地方に戻る気はまったくないよ。これから大きくなる子どもたちの教育環境を考えても、難関校進学に向けた塾の選択肢が多い都内に住みたい。妻もそれを強く望んでいる」
返す言葉が見つかりませんでした。健太さんが週に一度、非常勤で手伝ってくれていたのは、単なる親孝行の延長線上にすぎず、自分の残りの医師人生を地方のクリニックに捧げる覚悟など、最初から毛頭なかったのです。
地域のニーズに応えたはずが…「大きすぎるクリニック」が敬遠される悲劇
「もっと早く、腹を割って本音で話し合っておくべきだった……」
後悔の念が章一郎さんに押し寄せてきました。現在も診療は続けているものの、60代半ばを過ぎ、体力は限界へと近づいています。息子への承継を諦め、専門業者をたどって第三者への事業承継(M&A)を模索し始めたものの、ここでも皮肉な現実が待ち受けていました。
章一郎さんが地域のニーズに応えるべく大きく育てすぎたクリニックは、その規模の大きさと、訪問診療という属人性の高い過酷な業務形態がネックとなり、若い医師から一人で回せるわけがないと敬遠されてしまったのです。
結果として、買い手や承継希望者がまったく現れないという、第二の厚い壁にぶつかってしまいました。
【現役医師が解説】「子どもが継いでくれる」は幻想…親子間ですれ違う2つの理由
章一郎さんの事例は、決して特殊なケースではありません。現在、全国各地の開業医、特に親子間でのクリニック承継を無意識の前提としていた医療法人のあいだで、同じようなすれ違いが多発しています。
親子間でこれほどまでの断絶が起きてしまう背景には、大きく分けて二つの要因が存在します。
1.「医師のキャリア観」のジェネレーションギャップ
60代以上の開業医世代は、「昼も夜も、崇高な精神で地域のために粉骨砕身して働くこと」こそが医師の美徳であり、その献身が高い収入や社会的ステータスにつながってきた。
しかし、20代~30代の若手医師の価値観は、2004年の新臨床研修制度を皮切りに根本から変化しました。彼らは「ワークライフバランス」を重視し、過酷なオンコールや当直、孤独な経営リスクを伴う院長職、地域との濃密な関わりを避けがちです。
その結果、生活の質の高い診療科や自費診療、医療ベンチャーなど、リスクが少なく高収入を得やすい勤務形態を好む傾向が強まっています。
「親が背中を見せていれば子どもは自然とわかってくれる」という考えは、多様化する現代のキャリアパスの前では、もはや通用しなくなっています。
2.「地方の教育環境」と「配偶者の意向」という現実的な壁
都内での便利な生活に慣れ親しんだ子世代にとって、地方都市への移住は心理的にも物理的にもハードルが高いものです。特に子どもの教育においては、都内から離れることを医師の配偶者が猛反対するケースが目立ちます。
親がいくら自院の魅力や地域への貢献度を熱く語っても、子世代の家庭内ではすでに地方への引っ越しは絶対に避けるという結論が固まっていることが多いのが現実です。
手遅れになる前に、経営者としての「ドライな決断」を
このような結末を回避し、長年苦労して築き上げたクリニックと地域の患者を守るためには、感情を脇に置いた具体的なアクションを起こす必要があります。
早い段階で「親族内承継」の可能性を見極める
まずは、早い段階で子どもの意思を確認することです。子どもが医師として一人前となる30代前半、あるいは非常勤として手伝い始めたタイミングで、数年後のビジョンを事前に聞いておくべきです。
いつか継いでくれるだろうというあいまいな期待は、経営において非常に危険です。継ぐ意志が少しでもあるのか、それともゼロなのかをはっきりさせ、もしゼロであれば即座に第三者承継へと舵を切る冷静な決断力が求められます。
「売れるクリニック」になるための再設計を行う
次に、規模が大きすぎるクリニックは売りにくいという事実を直視することです。年商規模が大きいから高く売れるだろうというのは、経営者の思い込みに過ぎません。手広く広げすぎた業務は、買い手から見ればリスクになります。
第三者承継を視野に入れるのであれば、業務を徹底的にマニュアル化し、デジタル化や組織化を進めることで、特定の院長がいなくても回る適正な仕組みへと事前に整理しておく必要があるでしょう。
親子関係と経営を切り離す
そして、最も重要なのが親子関係と経営を完全に切り離すことです。子どもから継がないと告げられたとき、多くの親はせっかく高い学費を出して育ててやったのにと感情的になってしまいます。
しかし、これは親子の問題ではなく、後継者不在という重大な経営リスクの露呈にほかなりません。一人の経営者としてこの課題に淡々と向き合い、プロのM&A仲介業者や医業コンサルタントを早期に巻き込んで、第三者へのバトンタッチを進めることが必要です。
医師としての人生の集大成であるクリニックを、最後にお荷物にしないために、親子の対話と経営者としての現状把握をいますぐ始めることを推奨します。
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著者:武井 智昭
高座渋谷つばさクリニック 院長
一般社団法人日本医療介護人材育成支援機構 理事
提供:© Medical LIVES / シャープファイナンス
