国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、60代夫婦では高齢になった親の生活支援や家族環境の変化に直面する世帯が多く、定年前後は家族のあり方が試される時期といえるでしょう。十分な老後資金を用意していても予期せぬ出来事にどう備えるべきか。そんな社会課題に直面している夫婦の事例から、その実態をみていきます。
帰ると妻はいませんでした…「退職金1,800万円」「貯金3,200万円」60歳定年退職のサラリーマン夫、忘れていた「妻との約束」の真相 ※写真はイメージです/PIXTA

定年後から始まる、義母との同居生活

誠さん自身は、老後のお金については不安がないと思っていました。退職金は1,800万円。預貯金は3,200万円あります。住宅ローンは55歳で完済。持ち家のため、毎月の住居費は固定資産税などを除けば大きくありません。65歳から受け取る予定の年金は、夫婦合わせて月30万円近くになる想定です。

 

「これなら、老後安泰。定年を迎えたら、何をしようか……」

 

そう考えていました。一方で、明美さんの関心は母・洋子さんのことでいっぱい。生活のベースとなる年金は月11万円ほど、現在、介護サービスや医療費などで月3万円ほどかかっていました。毎月の貯蓄の取り崩しは、月2万~3万円でしたが、今後、物価高や介護度が上がると、支出も増えていきます。年齢だけでなく、経済的な面でもこのまま一人暮らしを続けていけば、近いうちに限界が来るのではないか――そんな心配をしていたのです。

 

探りを入れるように実家を売却し、東京に呼び寄せ、同居を始める。そうしたら経済的な問題もクリアとなる――そして現実の問題として、誠さんに相談をしていたのです。

 

「聞いてなかったんでしょ。定年退職の日になるけど、私、実家に戻るね、と何度も言っていたのに」

 

意地悪そうな顔をしている明美さんの顔が目に浮かびます。


「覚えてるよ……で、いつから同居が始まりそうなの?」

「あまり急ぐと、お母さんにも負担になっちゃうから、1ヵ月、2ヵ月くらい先から。安心して、家の売却は決まったから」


誠さんの知らないところで、着々と準備は進められていました。これから介護サービスの引き継ぎについて、ケアマネジャーと相談をしていくといいます。

 

「わかった。こちらもできることはするから、ちゃんと言って」

 

思い描いたのは、「おつかれさま」と妻が出迎えてくれて、その後、これまで勤めてきたお祝いとして、旅行のことについて思いを馳せる――そんな定年退職の日でした。しかし、現実は随分と違うものだったのです。

 

「とりあえず、妻が帰ってくるまで一人なので、自由を謳歌しようと思います」

 

厚生労働省『国民生活基礎調査』によると、同居する主な介護者の63.7%(要介護者10万対で、全体46,061のうち29,360)が「悩みやストレスがある」と回答しています。その最大の原因は「家族の病気や介護」(22,929)で、「自由にできる時間がない」(5,830)などが続きます。

 

妻の明美さんが該当する50代女性の介護者では実に69.3%がストレスを感じています。同居介護は家族全員の課題です。誠さんもいずれ「自分の自由な時間」を奪われる当事者になることを自覚し、夫婦で備える必要があります。