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好条件の再雇用を断り手に入れた「自由と過酷」
60歳の定年退職を4ヵ月後に控えた面談の日、人事部長から別室に呼び出された佐藤さんは、思わぬ提案を受けました。
「佐藤さんのこれまでの実績を評価し、特例として年収500万円で再雇用契約を結びたい」という打診でした。他の同僚たちよりも格段に恵まれた提示でしたが、佐藤さんの決意が揺らぐことはありませんでした。
「お気遣いは感謝しますが、お断りします」
佐藤さんは丁寧に頭を下げ、60歳での退職を選びました。退職金で住宅ローン残高の400万円を一括繰り上げ返済し、毎月の固定支出を26万円に抑えました。その上で税務署へ開業届を提出し、個人事業主として独立したのです。
現在、60歳の佐藤さんは、かつての副業を本業に昇格させ、月20万円ほどのコンサルティング収入を得ているといいます。
「今は妻のパート収入と合わせて、月の支出はトントンといったところでしょうか。でも定年後の再雇用を選んだ同僚たちは、今も毎朝の満員電車に揺られ、かつての部下から厳しい指示を受けるストレスに耐えている――それと比べると、今は夢のような環境ですね」
一方で、会社員時代には存在しなかった厳しい現実もあります。
「会社員なら、体調を崩して休んでも給与が出ます。しかし、個人事業主は自分が倒れれば収入は一瞬でゼロになります。来月、突然クライアントから契約を打ち切られることもあります。そのようなリスクと天秤にかけて、どちらがいいかは人それぞれですよね」
日本政策金融公庫総合研究所『2025年度起業と起業意識に関する調査』によると、起業関心層のうち「起業したい」とする割合は60歳代が64.8%と年齢別で最も高く、定年後の起業への関心の高さがうかがえます。実際に起業した人の総合的な満足度(「かなり満足」「やや満足」の合計)は、起業家が52.9%、パートタイム起業家が48.0%に達し、一般の勤務者(30%台)を大きく上回っています。
しかし、起業に伴う問題として「売上を安定的に確保しづらい」(42.5%)や「病気やけがになった場合の対応が難しい」(28.8%)を挙げる起業家も多く存在します。佐藤さんのように自由なセカンドキャリアを掴むには、リスクへの備えと覚悟が不可欠といえそうです。