「暑いし、無理して帰ってこなくても大丈夫よ」――母のその言葉を真に受け、お盆の帰省を見送った53歳長男。しかし、その「配慮」の裏にあった母の本心と、直後に襲った突然の悲劇に、彼は一生消えない後悔を抱くことになります。遠く離れて暮らす「遠居」親子のリアルな実態と、見守りの難しさに迫ります。
「お盆は帰らなくていいよ」76歳母の優しい嘘に甘え、帰省キャンセルの53歳長男を襲う深すぎる後悔 ※写真はイメージです/PIXTA

母を襲った異変、帰省しなかったことへの消えない後悔

ガタン――。近所の人が後に証言したのは、その程度の物音でした。洋子さんは台所で倒れ、脳梗塞を発症していました。幸い、しばらくして様子を見に来た親戚が異変に気づき、救急車を呼びました。搬送先の病院へ駆けつけた達也さんは、医師から静かに告げられます。

 

「搬送があと数時間遅れていたら、命に関わっていた可能性があります」

 

その言葉を聞いた瞬間、達也さんの頭に浮かんだのは、病室の母ではありませんでした。毎年のお盆の光景でした。例年なら、自分がそばにいたはずです。異変に気付いて、倒れる前に病院に連れて行ってあげられたかもしれません。もし今年も帰省していたら――そんな考えが、何度も頭をよぎりました。

 

もちろん、本当に結果が変わったかは誰にも分かりません。それでも達也さんは、自分を責めずにはいられませんでした。

 

「母さんの『帰らなくていい』を、そのまま受け止めるんじゃなかった……」

 

洋子さんは一命を取り留めました。しかし、右半身に麻痺が残り、一人暮らしを続けることは難しくなりました。退院後はリハビリ病院を経て、サービス付き高齢者向け住宅への入居が決まりました。実家へ戻る日は、結局訪れなかったのです。

 

荷物を整理するため、達也さんは久しぶりに実家へ入りました。押し入れから出てきたのは、孫たちの写真を貼ったアルバム。その横には、今年のお盆用に買ってあった菓子やジュースが、そのまま残されていました。

 

「今年は来ないって言っていたのに……」

 

周囲から聞いた話によると、洋子さんは「急に来るかもしれないから」と、一応、準備をしていたといいます。来なくていいと言いつつ、心のどこかで家族を待っていたのです。

 

厚生労働省『2025年 国民生活基礎調査』によると、65歳以上の者のいる世帯のうち「単独世帯(一人暮らし)」は33.8%に達しています。さらに高齢者世帯(65歳以上のみ等)においては、その53.2%を一人暮らし(男20.0%、女33.2%)が占め、身近に頼れる家族がいない高齢単身世帯は増加の一途を辿っています。

 

こうしたなか、懸念されるのが突発的な病気による要介護化です。同調査によると、要介護者(要介護1〜5)が要介護となった主な原因のうち「脳血管疾患(脳卒中)」は14.4%を占め、特に最も重度な「要介護5」では27.6%と最多の第1位になっています。遠く離れて暮らす親子にとって、日頃の見守り体制は命に関わる深刻な課題なのです。