内閣府『令和7年 人々のつながりに関する基礎調査結果』によると、同居していない家族や友人と「直接会って話す」機会が「全くない」と答えた人は9.7%に上り、「電話(ビデオ通話含む)」が「全くない」という人は16.4%存在します。加えて、日常生活で不安や悩みを感じている人のうち、15.3%が「家族・親族間の人間関係」をその内容に挙げています。価値観の押しつけは、家族同士の心理的距離を広げ、家族のつながりを損なう引き金になりかねません。事例をご紹介します。※事例の人物名はすべて仮名です。
「家族とは認めない」絶縁30年、【父危篤】の知らせを受け実家へ向かった56歳息子…葬儀場で“ひっくり返った”ワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

断絶した親子

ナルミさんの実家は地方の名士として知られ、家の中では厳格な父・ワタルさんが絶対的な権力を握り、母は父に従順な人でした。幼いころから家柄や体裁を重んじる環境で育ったナルミさんでしたが、その価値観に決定的な亀裂が入ったのは26歳のときのこと。

 

当時付き合っていた女性(現在の妻)との婚約を報告した際、父・ワタルさんは相手の家庭環境や職業を聞くや否や、「うちと格が合わない」と一蹴しました。相手の女性は特別貧しい出自でも、社会的に認められづらい職業でもありませんでした。理不尽な理由で否定されたナルミさんは、父に向かって言い返しました。

 

「自分だって親から引き継いだだけで、金持ちの家に生まれただけじゃないか。うちがそんなに偉いのか」

 

息子の反論に激怒した父は、冷ややかな声でこう言い放ちました。

 

「その女と結婚するなら、お前をもう家族とは認めない」

 

これからともに人生を歩もうとする大切な女性へ向けられた父の理不尽な暴言が、ナルミさんにはどうしても許せませんでした。こうしてナルミさんは実家を飛び出し、以来30年間、両親と顔を合わせることも連絡を取ることもなくなりました。

再び実家へ向かった理由

実家を離れてからは、自分自身の家庭を築くことに集中していたナルミさん。実家の電話番号は着信拒否に設定しており、実家の存在自体を頭から消し去るように暮らしていました。

 

あれから月日は流れ、ナルミさんが56歳になったある日、数十年連絡を取っていなかった従兄弟から突然「父親が危篤だ」と連絡が入ります。

 

すでに自分のなかで両親への情は切れており、いまさら会いたいとは一切思わなかったため、放っておくつもりでした。しかし、事情を聞いた妻から「最後に一度きり。後悔を残さないためにも」と穏やかに説得され、重い足取りで30年ぶりに故郷へと向かうことになりました。