帰省の断念をきっかけに親から「絶縁」を告げられたある家族。なぜ親世代はこれほどまでに「帰省」に固執し、激昂してしまうのでしょうか。実例を糸口に、世代間で生じる「当たり前」のズレをみていきます。
「お盆は帰らない、と言ったんです」…〈年収680万円・36歳会社員〉、両親から届いた「お前はもう家族じゃない」の手紙 ※写真はイメージです/PIXTA

ある日、親から届いた「絶縁」の手紙

それから2週間後。自宅に実家から封書が届きました。中には便箋が一枚だけ入っていました。

 

「もう帰ってこなくていい」

「お前たちとは縁を切る」

「財産も墓も関係ない」

 

健太さんは何度も読み返しました。怒りより先に、理解が追いつかなかったと語ります。

 

「確かにお盆や正月は大切かもしれない。でも古い価値観を押し付ける、古くからの習慣を優先する親の気持ちがわかりませんでした」

 

なぜ、親世代はこれほど「盆正月の帰省」に固執し、激昂したのでしょうか。内閣府の『令和8年版 高齢社会白書』によると、日本のシニアが生きがいを感じる時のトップは「子供や孫など家族との団らんの時」で53.6%に上ります。さらに、日常生活の困りごとを頼れる相手として「別居の家族・親族」を挙げた割合は62.1%に達する一方、「友人」は13.7%、「近所の人」は12.9%と極めて低いのが現状です。

 

地域や友人とのつながりが薄く、人生の楽しみも頼みの綱も「家族」に依存せざるを得ない日本の高齢者にとって、帰省の拒絶は単なる予定変更ではなく、自らの「生きがい」や「老後の安全弁」を奪われるに等しい絶望だったのかもしれません。

 

母へ電話をかけても出ません。父は一度だけ電話に出たものの、「もう連絡してくるな。親不孝者に話すことはない」と言い残し、電話は切れました。

 

その後、お盆を迎えても健太さん一家は帰省しませんでした。家族とともに、近くの公園や市民プールで過ごしました。妹からは「お父さんたちは本気で怒っている」とだけ伝えられました。だからといって謝罪するのもおかしな話だと思い、特に連絡もしませんでした。ただ一度だけ手紙を送りました。

 

帰らなかったのは家族全員が無理なく会える方法を考えた結果だった――。

 

感情的な反論は一切書かず、あとは家族の近況を伝えました。元気であることは伝えたかったのです。
返事はありませんでしたが、年が明けた正月、母から年賀状が届きました。

 

「体には気をつけて」

 

たった一行だけ書かれていたそうです。関係が元通りになったわけではありません。それでも完全な絶縁には至らず、少しだけ対話の糸口は残りました。