帰省の断念をきっかけに親から「絶縁」を告げられたある家族。なぜ親世代はこれほどまでに「帰省」に固執し、激昂してしまうのでしょうか。実例を糸口に、世代間で生じる「当たり前」のズレをみていきます。
「お盆は帰らない、と言ったんです」…〈年収680万円・36歳会社員〉、両親から届いた「お前はもう家族じゃない」の手紙 ※写真はイメージです/PIXTA

帰省しないという選択

「今年のお盆は帰省を見送ろうと思う」

 

東京都内のIT企業で働く佐藤健太さん(36歳・仮名)。昨年の6月の終わり、実家の母へ電話をかけました。年収は約680万円。手取りは月32万円ほどです。妻は育児休業から時短勤務で復職し、世帯年収は約1000万円になりました。

 

小学2年生と4歳の子どもがいます。住宅ローンは残高3480万円。毎月の返済は11万2000円です。保育料や教育費、食費、水道光熱費などを差し引くと、毎月の貯蓄は5万円前後しか残りません。

 

中国地方の出身で、お盆と正月に家族4人で帰省するのが定番ではありましたが、往復の交通費だけで約13万円。手土産なども含めれば、総額16万円近くになります。

 

金額だけではありません。お盆の大混雑のなか、小さな子どもを連れて長時間移動する負担もあります。さらに妻は毎年、帰省のたびに気疲れしていました。

 

「長男の嫁として――」

「もっとしっかり料理を覚えないと――」

「ちゃんと客人をもてなして――」

 

いまだに古い習慣が残っている地域です。親戚付き合いが濃く、特に“長男の嫁”は、帰省のたびにしなければいけないことが山積していました。当たり前のように発せられる両親や親戚の言葉に、妻は帰宅後もしばらく落ち込んでしまう――これも毎度のことでした。健太さんは、それらを踏まえたうえで提案しました。

 

「今年は夏の帰省をやめて、秋に混雑が落ち着いた頃に行くよ。そのほうがゆっくり過ごせるから」

 

自分では穏当な提案だったと振り返ります。しかし、電話口の空気は一変しました。

 

「お前は親より嫁を選ぶのか」

「盆や正月くらい顔を見せるのが当たり前だろう」

 

父の声が低くなります。健太さんは何度も説明しました。費用のこと。子どもの体調のこと。妻の負担のこと。しかし、話はまったく噛み合いませんでした。

 

家族間における帰省への期待のズレは、コミュニケーションの断絶や孤立を招く要因となります。内閣府『令和7年 人々のつながりに関する基礎調査結果』によると、同居していない家族や友人と「直接会って話す」機会が「全くない」と答えた人は9.7%に上り、「電話(ビデオ通話含む)」が「全くない」という人も16.4%存在します。

 

さらに、日常生活で不安や悩みを感じている人のうち、15.3%が「家族・親族間の人間関係」をその内容に挙げています。帰省という慣習を巡る「当たり前」の押し付け合いは、かえって心理的距離を広げ、家族のつながりを損なう引き金になりかねません。