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老後資金が足りないと焦る両親
夫Fさんは、同世代の同僚と貯蓄額の話になったことがあります。50代の半ばのころでしたが、同僚は4,000万円の貯蓄があるということでした。それを聞いてびっくりしたFさん。でも考えてみたら、Fさん自身も両親への仕送り額が累計でそのくらいになっています。その夜、「俺の人生もついてないな、平穏無事なあいつが羨ましいよ」と、家で妻Nさんに愚痴をこぼしました。
「定年退職したあとも働くしかないな」
55歳のときに両親が相次いで亡くなり、仕送りをせずに済むことになったものの、今度は実家の建物を解体する費用が100万円以上かかりました。さらに、自分たちの自動車の買い替えや、自宅の屋根と外壁の修繕、お風呂の交換、給湯器やエアコンなどと、常にお金に追われている生活が続きます。
「全然お金が貯まらない。なにがおかしいんだろうか?」夫Fさんはそういうものの、なにも不思議なところはありません。コストがかかる生活をする人もいれば、コストがかからない生活をする人もいる。それだけのこと。贅沢という意味ではなく、Fさん夫婦はお金がかかる生活を余儀なくされているだけです。
しかし不安が募る夫Fさん。焦るほど変な情報が入ってくるものです。「老後資金はいくら必要か」「年金だけでは毎月〇万円不足する」「老後破綻を防ぐための資産防衛」など、テレビや雑誌でFPなど自称専門家が繰り返し発信する「老後にいくらなければ破綻する」という論説や一律の数字は、やがて強迫観念となって思考を支配していきました。
Fさんの焦りと怒りの矛先になったのが、一向に働こうとしない息子Yさんです。
「おまえ、少しくらい働いて自立してくれよ。父さんも母さんもこれじゃ老後破産になっちまうよ」と、息子に大声でなじることさえありました。その都度、息子Yさんは気まずそうな顔をして部屋に閉じこもるだけ。
「お前がいつまでもそんな調子だと、この家はどうにもならなくなるぞ」
「俺たちが死んだらどうするんだ。お前が働かないと我が家は破綻するんだぞ」
Fさんは日増しに苛立ちと恐怖を隠せず、毎日のように2階のドアに向かって声を荒らげるようになりました。妻のNさんもまた、夫の不安に引きずられるように、「せめて少しでもいいから働いて」と息子の部屋の前で泣きつくようになっていきました。
息子を心配する気持ちからではなく、メディアに煽られて怒りに満ちた父と、父の焦りに染まってしまった母の言葉。そこには息子の人生への無関心さしかありません。就職氷河期世代で不本意な会社に就職し、内向的な性格から人間関係をうまくやれず、ただでさえ強い劣等感を抱えていたYさん。最も理解者であるべき家族までもが、「老後資金を脅かす存在」として責めてしまったのです。
その結果、Yさんの孤立はさらに深く、絶望的なものへと変わっていきました。会話は完全に途絶え、表情は消えていったのです。