老後に対する不安には、大きくわけて二つの種類が存在します。一つは、「十分な資金を蓄えられるのか」という目に見える「蓄財の不安」。そしてもう一つは、情報や世間の言説に煽られることで、本当は足りているのに、足りていないと思い込まされてしまう「潜在的な不安」です。昨今、将来への恐怖から収入の大半を過度な投資につぎ込む人々が話題になりますが、彼らもまた「いくらあっても足りない」という錯覚に囚われ、いま目の前にある暮らしや大切なものを見失っているのかもしれません。そしてこの「足りないという錯覚」は、ときに家族の絆さえも破壊することも。本来なら暮らしていけるだけの年金と蓄えがありながら、「老後破綻」という言葉に追い詰められたFさんの事例をみていきましょう。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
「私たち家族は全員バラバラになりました」年金18万円・退職金1,500万円の70代夫婦の不幸…老後資金を食いつぶす53歳無職の引きこもり息子が、2階の四畳半から〈消えた日〉 (※画像はイメージです/PIXTA)

老後資金が足りないと焦る両親

夫Fさんは、同世代の同僚と貯蓄額の話になったことがあります。50代の半ばのころでしたが、同僚は4,000万円の貯蓄があるということでした。それを聞いてびっくりしたFさん。でも考えてみたら、Fさん自身も両親への仕送り額が累計でそのくらいになっています。その夜、「俺の人生もついてないな、平穏無事なあいつが羨ましいよ」と、家で妻Nさんに愚痴をこぼしました。

 

「定年退職したあとも働くしかないな」

 

55歳のときに両親が相次いで亡くなり、仕送りをせずに済むことになったものの、今度は実家の建物を解体する費用が100万円以上かかりました。さらに、自分たちの自動車の買い替えや、自宅の屋根と外壁の修繕、お風呂の交換、給湯器やエアコンなどと、常にお金に追われている生活が続きます。

 

「全然お金が貯まらない。なにがおかしいんだろうか?」夫Fさんはそういうものの、なにも不思議なところはありません。コストがかかる生活をする人もいれば、コストがかからない生活をする人もいる。それだけのこと。贅沢という意味ではなく、Fさん夫婦はお金がかかる生活を余儀なくされているだけです。

 

しかし不安が募る夫Fさん。焦るほど変な情報が入ってくるものです。「老後資金はいくら必要か」「年金だけでは毎月〇万円不足する」「老後破綻を防ぐための資産防衛」など、テレビや雑誌でFPなど自称専門家が繰り返し発信する「老後にいくらなければ破綻する」という論説や一律の数字は、やがて強迫観念となって思考を支配していきました。

 

Fさんの焦りと怒りの矛先になったのが、一向に働こうとしない息子Yさんです。

 

「おまえ、少しくらい働いて自立してくれよ。父さんも母さんもこれじゃ老後破産になっちまうよ」と、息子に大声でなじることさえありました。その都度、息子Yさんは気まずそうな顔をして部屋に閉じこもるだけ。

 

「お前がいつまでもそんな調子だと、この家はどうにもならなくなるぞ」

 

「俺たちが死んだらどうするんだ。お前が働かないと我が家は破綻するんだぞ」

 

Fさんは日増しに苛立ちと恐怖を隠せず、毎日のように2階のドアに向かって声を荒らげるようになりました。妻のNさんもまた、夫の不安に引きずられるように、「せめて少しでもいいから働いて」と息子の部屋の前で泣きつくようになっていきました。

 

息子を心配する気持ちからではなく、メディアに煽られて怒りに満ちた父と、父の焦りに染まってしまった母の言葉。そこには息子の人生への無関心さしかありません。就職氷河期世代で不本意な会社に就職し、内向的な性格から人間関係をうまくやれず、ただでさえ強い劣等感を抱えていたYさん。最も理解者であるべき家族までもが、「老後資金を脅かす存在」として責めてしまったのです。

 

その結果、Yさんの孤立はさらに深く、絶望的なものへと変わっていきました。会話は完全に途絶え、表情は消えていったのです。