(※画像はイメージです/PIXTA)
本当に焦る必要があったのか?
75歳を迎えたFさん夫妻の手元にあったのは、次のような収支と資産の状況でした。
公的年金受給額:夫婦合わせて月額約18万円(年間約216万円)
預貯金:約1,200万円
住宅ローン:すでに完済済み
持ち家があり、住宅ローンもすでに完済している。質素に暮らすのであれば、月18万円の年金だけでも十分に暮らしていける水準でした。
20年近く引きこもっている53歳の息子の存在は確かにあるものの、息子1人の食費などたかが知れたものです。手元に残る1,200万円の資金があれば、息子の食費や光熱費、国民健康保険料や国民年金保険料を親が補填したとしても、年金からの持ち出し額は月数万円程度に収まります。
1,200万円という蓄えがあれば、取り崩しのスピードを抑えながら、家族3人でこの家で慎ましく食べていくことくらいは、なんら問題なくできるはずでした。
家族で暮らせる家があり、必要な社会保険や最低限の備えを維持できている――。それだけで、決して悪い暮らしでも、破綻した生活でもなかったのです。「家族みんなでご飯を食べていければ、それでいいじゃないか」という気楽ささえあれば、穏やかな日常が続いていたかもしれません。
家族離散へ…
「老後資金が足りなくなる」という焦燥は、ついにFさん自身の身体をも破壊していきます。
Fさんは70代という年齢でありながら、「少しでも収入を増やし、資金の減少を止めなければならない」と、働きに出ることにしたのです。採用されたのは、工事現場やイベント会場での交通誘導員の仕事。
夏の酷暑日、寒風が吹き荒ぶ夜間にも駐車場で立ち続けるFさん。体力の衰え的にも本来であれば、家でゆっくり過ごすべき身体に、過度な負担がかかり続けます。そしてある夏の昼間、勤務中に胸の強い痛みを訴え、Fさんは救急搬送されました。診断は急性心筋梗塞。一命は取り留めたものの、後遺症は重く、要介護状態となりました。
在宅介護を担う妻Nさんの心労も限界に達します。夫に無理をさせたという後悔と、息子に声を荒げた罪悪感。介護の疲れ。家庭には重い沈黙と絶望が立ち込めました。そしてある朝、2階の息子の部屋のドアが不自然に開いているのを母親のNさんが見つけました。
部屋の中は綺麗に片付けられ、息子の姿はありませんでした。20年間にわたって積み重なった孤独と劣等感と、両親から日夜浴びせられ続けた「お前が働かないから破綻する」という言葉の重圧に、Yさんはもう耐えられなくなったのでしょう。父親が倒れたことで「自分がこの家にいること自体が、親を追い詰めている」という絶望があったのかもしれません。
警察に相談しましたが、事情を話すと捜索願は受理されたものの、捜査をしてくれるわけではないそうです。無理に連れかえることはなく、発見したとしても捜索願が出されている旨を伝えるだけとか。
「友達もいない、お金もない息子が遠くに行けるわけがない」と夫婦は思っていましたが、それから家に帰ってくることはありませんでした。
夫Fさんの体調はさらに悪化し、妻Nさんも心身のバランスを完全に崩していき、結果として夫婦は住み慣れた自宅を手放し、そのわずかなお金でそれぞれ別の施設や療養先へ身を寄せることになりました。帰ってこない息子の服や本などは、仕方なく捨てることに。
家族のだれもが1人ぼっちになり、家族であることをもう取り戻せません。