親の「思い出の詰まった我が家に住み続けたい」という望みや家族への依存は、同居する子どもの人生を重く縛り付けます。実家の老朽化や将来の介護負担が重なるなか、親子で共倒れしないためにはどうすればよいのでしょうか。ある母子のケースをみていきます。
「お願いします。この家を売ってください…」〈手取り月27万円〉45歳独身ひとり娘、同居する〈年金月13万円〉76歳母に懇願した「切ない理由」 (※写真はイメージです/PIXTA)

母の老後も、家を守るのも、娘だったら当然

転機になったのは、築50年を迎えた実家の老朽化でした。最初は給湯器の故障です。交換費用は約38万円。その翌年には雨漏りが見つかり、屋根の補修に120万円という見積もりが出ました。さらに外壁の補修も勧められます。不動産会社からは、これ以上傷みが進めば資産価値にも影響すると説明されました。

 

「いい機会だと思いました。母の束縛から逃れるなら、今しかないと」

 

駅から徒歩圏内という立地もあり、売却できれば2,800万円前後になる見込みです。今後の維持費を考えると、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)や住宅型有料老人ホームなどに入居するのも有力な選択肢です。調べると、入居一時金が不要な施設もあり、月額利用料は15万〜18万円程度。和子さんの年金だけでは不足しますが、売却資金を取り崩せば十分に生活を支えられる計算でした。

 

真紀さんは資料をそろえ、和子さんの前に置き、説得を始めます。しかし、和子さんは査定書に目も通さず、首を横に振ります。そのときは、それで話は終わったものの、その日以降も説得は続きます。和子さんは決まって首を振り、「そんなところには行かない」「家族とずっと一緒に暮らす。そしてこの家で死ぬ」と繰り返します。

 

真紀さんが「でも、この家を維持するお金は誰が払うの?」と尋ねると、和子さんはしばらく黙り込み、小さな声で「あなたがいるじゃない」と言いました。

 

「母に悪気はありません。ただ、母の老後も、この家も、私が守るのが当然だと思っていたんです」

 

今はいい。しかし今後、母が要介護になったら――より依存度は高まり、さらに実家を離れるのは厳しくなるでしょう。今のうちに母の依存心を断ち切っておかないと、母娘共倒れの現実味も増していきます。そうならないためにも、離れないといけない。とにかく今がチャンス――。

 

その後、何度も喧嘩をしながら、それでも老人ホームの見学を繰り返しました。そのたびに和子さんは「私は家を離れない」と怒りを露にします。

 

「それでも見学についてくる。母は母で『このままではいけない』と思っていたんでしょうね」

 

最終的に母娘で決めたのは、「ここなら話し相手もたくさんできそう」と母が感じたというサ高住でした。賃貸契約がベースで、比較的自由度の高い生活を送ることができます。重度対応が可能な点も魅力でした。要介護度が高くなっても、住み慣れた部屋でそのまま暮らし続けやすいというのは、大きな安心材料でした。

 

内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、65歳以上の住居形態は「持家(一戸建て)」が79.8%を占め、8割以上のシニアが持ち家に住んでいます。「この家で最期を」と望む親は多いですが、家の老朽化や介護の負担は、同居する子世代に重くのしかかります。

 

一方で、真紀さん親子が選んだ「サービス付き高齢者向け住宅」の登録戸数は大きく伸びており、令和6年度には約29万戸に達しています。親の「家への執着」と「子への依存」を断ち切り、外部の支援を得て適度な距離感を保つ――これこそが、親子の共倒れを防ぎ、互いの人生を尊重し合える現代の「親孝行の形」といえそうです。