(※写真はイメージです/PIXTA)
住む人のことは考え抜かれた家だったが…
ところが、その年のお盆、思わぬ出来事が起きます。長男から「今年のお盆は帰らない」という電話が来たのです。理由は単純でした。「以前のように実家に泊まることができないから」。確かに、新しい家は2LDKです。夫婦の寝室が1部屋。もう1部屋は客間として残しましたが、大人4人と孫4人、計8人が泊まることはできません。
「近くのホテルを取ろうと思ったけど、高くて、とてもとても」
確かに、昨今はビジネスホテルのシングルでさえ1万円を超える水準。そう言われ、和夫さんは「そうだな」と答えるしかありませんでした。長女家族も、孫の部活動が忙しくなったことを理由に、毎年恒例だった帰省がなくなりました。かつては笑い声が響いていた家は、盆も正月も夫婦二人だけになったのです。
「家は新しくなったのに、静かになっちゃったね」
和夫さんは今でも、平屋に建て替えたこと自体は間違いだったとは思っていません。階段で転ぶ心配はありません。冬の寒さも和らぎ、掃除や庭の手入れも楽になりました。
「10年後、20年後を考えれば、この家のほうが暮らしやすい。それは間違いありません」
そう話す一方で、「ひと家族が泊まれる程度に、客間を大きくしたらよかった」という後悔はあるといいます。
建て替えの打ち合わせでは、「使わない子ども部屋は不要」「夫婦二人なら2LDKで十分」という説明を受けました。そのときは納得していました。しかし、「家族が泊まりに来る場所」という視点は、ほとんど考えていなかったと振り返ります。
「住む人のことだけを考えていました。訪ねてくる人のことも考慮して、“ちょうどいい家”にするべきでした」
国立社会保障・人口問題研究所『第9回世帯動態調査』によると、子どもが全員独立し親のみの世帯へこの5年間で移行した割合は、男性では60~64歳(21.1%)、女性では55~59歳(23.3%)で最も高くなっています。田中さん夫婦のように、子どもが独立する60代前後のタイミングで、将来の体力低下や介護リスクを見据えて住まいを安全でコンパクトな形に見直すことは自然な流れです。しかし、生活空間を夫婦向けに最適化する一方で、離れて暮らす子どもや孫が気軽に立ち寄り、交流を維持するための「余白」をどう残すかは、住み替えを考えるシニア世代にとっての重要課題といえそうです。