(※写真はイメージです/PIXTA)
要介護の義母を「家でみよう」と決めた日
「目が覚めたら、家の中が静かだったんです」
田中美咲さん(43歳・仮名)は、その朝を忘れられないと話します。5年間、毎朝の始まりは義母の呼ぶ声でした。夜中も2時間おきに様子を見に起き、トイレ介助や着替えを手伝い、朝食の準備を済ませてから一日が始まる生活でした。その義母が前日、介護付き有料老人ホームへ入居したのです。
義母はもともと地方都市で一人暮らしをしていました。義父は3年前に他界。74歳だった義母は脳梗塞で倒れ、要介護3と認定されます。退院を前に医師から告げられたのは、「独居生活は難しいでしょう」という言葉でした。
夫の大輔さん(48歳・仮名)は都内メーカーの管理職です。朝7時前に家を出て、帰宅は午後10時近くになる日も珍しくありません。施設への入居も検討しましたが、夫婦は話し合い、「まだ家でみられるかもしれない」と判断します。
「自分の親をみることができなかった。そのような後悔もあったからだと思います」
当時、美咲さんは大手企業の管理職で、年収は700万円ほど。夫は年収約1,200万円ありました。住宅ローン残高は3,280万円で毎月の返済は14万2,000円でしたが、共働きだったため、毎月30万円以上を貯蓄できていました。
「昼間は私が在宅勤務だから、何とかなると思ったんです」
厚生労働省『2025年(令和7年)国民生活基礎調査』によると、要介護者等と同居している主な介護者の続柄は、「配偶者」が22.5%、「子」が18.2%と高い一方で、「子の配偶者」はわずか4.2%にとどまり、美咲さんのようなケースは少数派です。
最初の数カ月は何とか両立できました。デイサービスを週3日利用し、訪問介護も組み合わせました。午前中は仕事、昼休みに昼食を準備し、夕方は通院の付き添い。夫も休日はできる限り介護を担いました。ところが、1年ほど経つと状況が変わります。
認知症の症状が進み、夜中に玄関へ向かうようになりました。
「家へ帰らないと」
そう言って鍵を探し回ることもありました。オンライン会議の最中、転倒した義母の叫び声が響いて会議を中断せざるを得ないことも。慢性的な睡眠不足が、美咲さんを追い詰めていきました。会社は介護休業や在宅勤務の継続を認めてくれましたが、それでも限界でした。
ある夜、美咲さんは夫に言いました。
「これ以上、仕事との両立は難しい。お義母さんに何かあってからでは遅い」
大輔さんも答えます。
「介護休業を考えた。でも管理職になったばかりで、長く抜ければ部署が回らない」
夫婦は何日も話し合いました。結局、美咲さんが退職する決断をします。
「介護費用はお義母さんの年金で十分。あとは夫の収入さえあれば、この先も大丈夫だと判断したんです」