近年、注目を集める「年金の繰下げ受給」。厚生労働省の統計でも繰下げを選択する人は増加傾向にあります。しかし、増額のメリットばかりに目を奪われると、思わぬ落とし穴にはまることも。貯金よりも繰下げが得だと決断した69歳男性の事例を通じ、見落としがちな注意点を見ていきます。
年金月18万円だったが…「貯金するより繰り下げたほうが得」と決断した69歳夫の誤算。65歳妻が受け取った「一通の通知書」をみて愕然としたワケ

「42%」増額は魅力だった

「銀行預金の金利より、よほど効率がいいと思ったんです」

 

東京都内で妻と暮らす元メーカー勤務の高橋恒一さん(69歳・仮名)は、苦笑いを浮かべながら振り返ります。65歳から受け取れる「老齢年金月18万円」をあえて受給せず、5年間の繰下げ受給を選びました。受給が始れば、年金額は42%増えます。

 

「投資信託でも毎年これだけ増える保証はありません。長生きするつもりなら、繰下げを選ぶのが一番合理的だと考えました」

 

現役時代は経理部門に長く勤め、数字には人一倍こだわってきました。退職金は約2200万円。預貯金と投資信託を合わせた金融資産は約4000万円あります。住宅ローンは完済済みです。毎月の生活費は約27万円。退職後に受け取り始めた企業年金と金融資産の運用益、預貯金を組み合わせれば、70歳まで年金がなくても家計は十分回ると試算していました。

 

「年金は、受け取る時期を自分で選べる資産だと思っていました」

 

だからこそ、繰下げ受給に迷いはありませんでした。日本年金機構のパンフレットも読み込み、「5年間で42%増」という数字は何度も確認しました。ところが、そのときは別の制度まで気が回りませんでした。それが「加給年金」です。

 

転機は、高橋さんが69歳、美智子さん(65歳・仮名)が65歳の誕生日を迎えた数日後でした。日本年金機構から妻宛てに年金関係の通知書が届きます。

 

「これで、うちも加給年金が付くな」

 

高橋さんは自然にそう思いました。会社の先輩から、「年下の奥さんが65歳になると、年金に家族手当のようなものが付く」と聞いていたからです。居間のテーブルで封筒を開き、通知書を一枚ずつ確認します。しかし、それらしい記載は見当たりません。

 

「おかしいな」

 

もう一度、最初から読み直しました。それでもありません。年間40万円近い加給年金が加算されるものと思い込んでいただけに、違和感は大きくなりました。

 

「何か手続きが足りないのか」

 

そう考え、高橋さんはパソコンを開き、日本年金機構のホームページで加給年金の説明を検索します。制度の概要を読み進めていくうちに、一文に目が留まりました。加給年金は、一定の条件を満たしたうえで、老齢厚生年金を受給している人に加算される給付です。

 

その瞬間、高橋さんは自分の状況を思い出しました。

 

「そうか……」

 

自分はまだ、老齢厚生年金を一円も受け取っていません。70歳までの繰下げ受給を選んでいるためです。
つまり、加給年金が支給される前提そのものを満たしていなかったのです。