(※写真はイメージです/PIXTA)
老人ホームに入りたくなかった母
アンナさんの母・ヤスコさん(83歳)は専業主婦としていまは亡き父を支えてきました。いまでいう「食育」を大切に、産地にこだわった食材を選んで、父と娘の健康を守ってきました。旬の食材にこだわり、アンナさんが小さいころは毎週末、自分で出汁をとって煮物を作っていたといいます。
5年前に父を亡くし、一人暮らしになってからも、ヤスコさんは自炊を続けていました。しかし80歳を過ぎたころから認知症の症状が出始め、ガスの消し忘れや近所での徘徊など、アンナさんが「危ない」と肝を冷やす場面が増えていきました。
アンナさんには自分の家庭があるため母と同居はできませんが、週に何度も実家に通いながら、それでも「できるだけ慣れた家にいさせてあげたい」と在宅介護を続けていました。転機は、母が雨の日に薄着のまま外へ出て、近所で立ち往生しているのを通行人が見つけて連絡してくれた日です。「母は一人で暮らすのはもう無理だ」。その夜、アンナさんは施設入居を決意しました。
入居当初、ヤスコさんは強く抵抗しました。面会に行くたびに「帰りたい」「なんでここにいるんだ」と繰り返し、アンナさんの手を握って離しませんでした。「お母さん、ここは安全だから」と言い聞かせながら帰る道すがら、アンナさんは「本当にこれでよかったのか」と何度も自問自答しました。母の言葉よりも、その目の色が忘れられなかったからです。
それが母の老人ホーム入所1年目の秋のことでした。
「帰りたい」がとまった2度目の誕生日
2度目の誕生日に、アンナさんは施設を訪ねました。母の好物のザッハトルテを手土産に持って。
ロビーで待っていたヤスコさんは、少し様子が違っていました。「帰りたい」という言葉が出てこなかったのです。「アンナか」と顔を認識し、向かい合って座ってザッハトルテを食べながら、ぽつりぽつりと話しました。
「ご飯だけが楽しみなのよ」
その言葉を聞いた瞬間、アンナさんは返事ができませんでした。少し間を置いて、「そうなの、おいしい?」とだけ聞くのが精一杯でした。母は「うん」と短く答えました。
帰り道、アンナさんは涙が止まりませんでした。
「帰りたい」と言わなくなったのは、慣れたからなのか。それとも諦めてしまったのか。そして「ご飯だけ」という言葉——旬の食材を選び、出汁にこだわり、家族のために台所に立っていた母が、いまは誰かに作ってもらった食事を「楽しみ」として待っている。立場が、完全に逆転していました。
アンナさんが母の入居を決めたのは正しかったのか。「帰りたい」という母の言葉を何度も振り切ってきたのは正しかったのか。「ご飯だけが楽しみです」という言葉が、その問いを改めて突きつけてくるような気がしました。