大手設備会社を定年退職し、老後資金にも余裕があるはずの60歳の男性。しかし、待っていたのは「家族のグループLINEに自分だけ入っていない」という冷酷な現実でした。国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、家庭内の決定権や独立した子どもとの交流において、父親の存在感の薄さが浮き彫りになっています。なぜ彼は、妻や娘たちから距離を置かれてしまったのでしょうか。その背景を見ていきます。
「家族のグループLINEに、俺は入っていないんだが…」退職金2,500万円・60歳定年夫、妻や娘から距離を置かれていた「納得の理由」 (※写真はイメージです/PIXTA)

娘の退院日「俺だけ知らない」

「家族のグループLINEに、私は入っていないんです……」

 

田中和彦さん(60歳・仮名)。大手設備会社を定年退職し、退職金2,500万円を受け取りました。再雇用を選び、年収は約1,020万円から420万円へ大幅減少。それでも住宅ローンは完済済みで、夫婦の預貯金は約4,800万円。老後資金への不安は、それほど大きくありませんでした。

 

妻の由美さん(58歳・仮名)はパート勤務で年収約120万円。長女は28歳で結婚し、次女は25歳で一人暮らしをしています。ある日、長女夫婦に第一子が生まれました。

 

「なんで俺には退院の日を教えなかったんだ」

 

そう尋ねると、妻は少し間を置いて言いました。

 

「グループLINEには流れていたけど」

「俺、そのグループ入ってないけど」

「……そうだったね」

 

その場はそれで終わりました。しかし、田中さんは納得できませんでした。数日後、娘たちと食事をした際も違和感は続きます。

 

「この前の写真、かわいかったね」

「動画も面白かったよね」

 

自分だけ話についていけない。そのような雰囲気を察したのか、長女がスマートフォンを伏せながら言いました。

 

「あとで送るね」

 

結局、送られてくることはありませんでした。

 

振り返ると、田中さんは常に家族よりも仕事を優先してきました。家族が大切でなかったわけではありません。自分は仕事をして給与をもらい、家族との生活を支えるのが役割だと考えていたのです。そのためにも、家族の行事よりも仕事を優先することもしばしば。そのことで、家族との距離を感じたことも過去にはありました。

 

しかし、仕事にまい進してきたからこそ、長女も次女もお金の心配をすることなく私立大学を卒業することができたし、35年で組んだ住宅ローンも定年前に完済。老後を見据えて金銭的な心配がないのも、田中さんがしっかりと稼いできたから――そんな自負もありました。

 

国立社会保障・人口問題研究所『第7回全国家庭動向調査』によると、「育児や子どもの教育」における主たる意思決定者が「夫」である割合はわずか1.7%にとどまり、「妻」(58.0%)や「ふたりで一緒に」(40.3%)がほとんどを占めます。また、「家計の分配や管理・運営」においても「夫」が決定する割合は14.9%に過ぎません。
田中さんのように「自分が稼いで家族を支えている」という自負から旧来の父親の権威を主張しても、実際の家庭運営は妻を中心に行われているのが実態です。