親の介護と仕事の両立は可能なのか――。政府は介護離職防止を掲げていますが、現実には仕事を続けながら親を支える人たちが限界まで追い込まれるケースも少なくありません。介護離職もしていない。介護サービスも利用している。それでも実母を残して家を出る決断をした48歳独身男性。その選択の裏側にあった、見えにくい介護の現実を追います。
お願い、置いて行かないで!〈年金月13万円〉泣き叫ぶ72歳母を払いのけ、48歳長男が実家を出た理由

母「あなたは独身なんだから」

首都圏の物流会社に勤務する会社員の斎藤健太さん(48歳・仮名)。年収は約620万円。父を亡くした後、母・悦子さん(72歳・仮名)と二人暮らしを続けていました。きょうだいは2人。妹は45歳。弟は42歳。どちらも既婚で子どもがいます。

 

悦子さんに認知症の症状が現れ始めたのは3年前でした。そのときは、ちょっとした物忘れ程度でしたが、最初の家族会議で、兄妹は口をそろえました。

 

「みんなで協力しよう」

 

ところが実際に始まった介護は違いました。

 

通院の付き添い。

介護認定の申請。

ケアマネジャーとの面談。

役所手続き。

緊急時の対応。

 

気が付けば、すべて健太さんが担っていました。妹に相談すると「うちは受験生がいるから」、弟は「住宅ローンがきつい」と言います。悦子さんもまた、健太さんを当然の担い手として見ていました。

 

「あの子たちには家庭があるの」

「あんたは独身なんだから」

 

その言葉を聞くたび、健太さんは黙りました。

 

認知症の進行に合わせ、徐々に介護負担が増していきます。そのようななか、デイサービスや訪問介護など、介護サービスを活用。自己負担は月4万円ほどです。一方で悦子さんの年金は月13万円。費用負担自体は何とかなる水準でした。問題は金ではありません。責任でした。

 

ある日、健太さんは妹と弟を呼びました。認知症が進み、悦子さんからの仕事中にかかってくる電話は1日20回を超えることもありました。「またか……」と思いつつも、万一のことがあってはなりません。しかし、そのような思いは毎回杞憂で終わります。このような調子で、仕事にも影響が出始めていたのです。

 

「来月から交代で来てくれないか」

 

健太さんはそう切り出しました。妹も弟も黙りました。沈黙が数秒続いたあと、弟が「施設は考えないの?」と言いました。その瞬間、自分が兄妹にとって便利な存在になっていたことを理解したといいます。

 

――介護の手助けに来ることはできない。施設に入れる責任も兄である自分が負わなければならない

 

厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』によると、「要介護者等」と「主な介護者」は「同居」が45.9%。そのうち「(同居する)子」が全体の16.2%を占めています。また「同居する主な介護者」のうち69.2%が「悩みやストレスがある」と回答。その内容で最も多いのが「家族との人間関係」(21.2%)でした。

家族内で介護責任が偏る――健太さんも大きなストレスを感じていたのかもしれません。