(※写真はイメージです/PIXTA)
定年退職という転機
そして60歳。ついに定年退職の日を迎えます。送別会は盛大でした。部下たちから花束を受け取り、功績を称えられました。
「田中部長には本当にお世話になりました」
涙を流している部下もいたといいます。気分は悪くありません。誇らしい気持ちでいっぱいでした。
ところが翌朝です。目覚まし時計をかける必要はないので、ただ自然に目を覚ましたときに起きようと決めていました。目が覚めたときには、お昼になろうとしていました。
「スマートフォンは驚くほど静かでした。だから起きるのは昼近くになってしまった」
特にすることがありません。知らない芸能人が出ているテレビをぼんやりと観ていたら夕方になっていました。そこでお腹が空いていることに気づき、近所のコンビニに向かいます。買ったのは、598円の幕の内弁当と缶ビールでした。
「いただきます」も言わずに、ビールに口をつけます。ニュース番組を観ながら、もくもくと弁当に箸をつけていきます。
そのとき、ふと虚しさがこみ上げてきました。現役時代、自分は定年後の人生を当然のように思い描いていました。妻と旅行に行く。孫に会いに行く。退職金を使って趣味を楽しむ――そんな定年後です。しかし、その計画の中心にいたはずの家族は、もうどこにもいませんでした。
「離婚したときより、その日のほうがきつかったですね」
「会社を辞めたら、家族がいない現実だけが残ったんです」
「家族を養ってきた自分が、なぜ、こんな惨めな思いをすることに……」
財産分与で残った2,300万円は手つかずで残っています。1ヵ月後くらいには退職金が振り込まれ、5,000万円以上になります。それでも失ったものがあまりに大きかったことを、今さら思い知ったのです。