(※写真はイメージです/PIXTA)
「心配だから」の始まり
山本隆夫さん(75歳・仮名)と妻の和子さん(73歳・仮名)は、関東の地方都市の戸建てで2人暮らしをしています。夫婦の年金収入は月27万円、手取り月23万円ほど。住宅ローンは完済済みで、預貯金は約2,800万円ありました。
長男の達也さん(44歳・仮名)は都内・IT企業に勤務。盆や正月など、年に4~5回程度、家族で帰省してくれます。
変化が起きたのは3年ほど前です。隆夫さんのもとに、市役所職員を名乗る男から電話がありました。還付金があるという内容でした。振り込み寸前で気付き、被害は免れましたが、達也さんは強い危機感を抱きます。
「父さんたち、もう若くないんだから」
そう言ってスマートフォンに位置共有アプリや予定共有アプリを入れました。銀行口座についてもアプリを利用して残高確認できるようにしました。
「何かあったときに安心だから」
夫婦も納得のうえでのこと。実際、便利でした。外出先で道に迷ったときも助かりました。体調を崩した際には、達也さんがすぐ電話をくれました。当初はありがたいと感じていたのです。
しかし半年ほど経った頃から、違和感が生まれ始めます。ある日の夕方でした。電話口の達也さんが言いました。
「父さん、今日は病院じゃなかったの?」
隆夫さんは驚きました。予定を話した覚えがなかったからです。
「そのあとイオンにも行ったよね」
「昼過ぎから3時間近くいたけど何してたの?」
何気ない口調でした。ですが隆夫さんは返答に詰まりました。自分の行動が逐一把握されている。その事実を初めて意識した瞬間でした。
善意と管理の境界
その後も似たような出来事が続きます。
「今日は銀行に行った?」
「またATM使ったよね?」
「最近スーパーに行く回数が増えてない?」
最初は自然な会話でした。やがて確認になり、そして監視に変わっていきます。和子さんがネット通販で2万円ほどの健康器具を購入すると、翌日、達也さんから連絡が入りました。
「また変なもの買ってる」
「そういうの、詐欺かもしれないから勝手に買わないで」
和子さんは反発しました。
「私のお金でしょう」
達也さんも引きません。
「だから心配してるんだよ」
近年、高齢者を狙う特殊詐欺被害は深刻化しています。警察庁の発表によると、2025年の特殊詐欺による被害額は過去最悪の約1414億円に達し、前年の約2倍となりました。オレオレ詐欺についてみていくと、被害件数では20~30代が多いものの、被害額でみると70代が最多。60代が続きます。このような状況下、家族による見守りの重要性が指摘されています。
達也さんもふたりを心配してのこと。その気持ち自体は本物です。ただ、守ることと管理することは同じではありません。夫婦が最も息苦しさを感じたのは、お金の話でした。
ある日、達也さんはこう切り出します。
「資産状況を整理しよう」
預金口座、保険、証券口座――すべて一覧にまとめ始めました。相続対策のためだと言います。最初は夫婦も協力しました。ところが気付けば、毎月の支出まで報告を求められるようになっていました。
旅行代金、家電購入費、交際費――そのたびに意見が返ってきます。
「その出費は必要?」
「もっと節約したほうがいい」
「老後は何があるかわからない」
隆夫さんは複雑な気持ちになりました。
「頼む、もうやめてくれ」
そう思いつつも、親を心配してのこと。しかし、自分のお金なのに自分で使うことを説明しなければならない状況が本当に苦しかったのです。