定年退職を迎え、悠々自適な老後を……と思い描く一方で、現実はそう甘くありません。総務省の「家計調査(2025年平均)」によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の可処分所得(手取り)は月平均22万1,544円に対し、消費支出は26万3,979円となっており、毎月約4.2万円の赤字を貯蓄の取り崩し等で補う厳しい実態があります。そんな限られた年金生活の基盤に、十分な収入がありながら居座り続ける子どもがいたらどうなるでしょうか。※事例の人物名はすべて仮名です。
「いつまで親に頼る気だ」年金生活が始まった65歳父がポツリ。貯金1,000万円突破の月収40万円・39歳会社員息子が〈実家を出ていかない〉唖然の言い訳 (※写真はイメージです/PIXTA)

彼女はいるけれど「結婚もしない」…息子の価値観

ヒロミチさんが実家を出ない背景には、結婚や家族に対する価値観の変化も影響していました。

 

実はヒロミチさんには、数年前から長く付き合っている同世代の彼女がいます。しかし、二人のあいだで具体的な「結婚」の話題が出ることはありません。ヒロミチさん自身、「いまの社会状況で子どもを持たない選択をするなら、あえて籍を入れて結婚する必要性を感じない」という考えを持っています。ヒロミチさんの彼女も自立して働く会社員であり、彼女も同意しているとのこと。

 

お互いに自分のベースや実家での暮らしを大切にしながら、週末に会ういまの距離感が居心地がいいと割り切っているそうです。

 

「子どもを育てる余裕もないのに、世間体のために結婚して新居を構えるなんてリスクでしかない。彼女も同じ意見だから、お互い実家暮らしのまま資産形成に励むのがいいんだ」

 

そう平然と言い切る息子の姿に、「結婚して、家を買い、子どもを育てて一人前」という一歩一歩を血の滲むような思いで踏み出してきたムサシさんにとっては、どうしても受け入れがたい隔たりを感じずにはいられませんでした。

母の「甘やかし」と、年金生活を圧迫する見えないコスト

さらにこの状況を複雑にしているのが、ヒロミチさんの母の存在です。母は「いつまで親の脛をかじり続けるんだ」と憤るムサシさんとは対照的に、どこか息子を庇うような態度を取ってしまいます。

 

「ヒロミチが家にいてくれたほうが、防犯面でも頼りになるし安心じゃない。それに彼女さんも理解してくれているんだから、いまのままでいいじゃないの。ご飯だって、2人分作るのも3人分作るのも大して手間は変わらないわよ」

 

母にとっては、39歳になったいまでもヒロミチさんは可愛い我が子のままなのです。身の回りの世話を焼くことに、無意識のうちに生きがいを感じている節もありました。

 

しかし、年金生活に入ったムサシさん夫婦にとって、現役世代の成人男性が一人増えることによる食費や水道光熱費の負担は、ヒロミチさんが入れる月3万円では決して賄いきれるものではありません。なにより、高齢期に入った母が、アラフォー息子の食事や洗濯、掃除といった「見えない家事労働」を日常的に担い続けるという体力的な負担は、年齢とともに確実に重くのしかかっています。

親の好意に依存することの限界

「あいつの言う理屈は、親がすべての生活基盤を無償で提供しているからこそ成り立つ甘えだということに、本人は気づいていない」と、ムサシさんはため息をつきます。

 

ヒロミチさんのように、経済的に余裕があるにもかかわらず、時代の閉塞感や合理性を理由に実家に同居し続ける独身者は少なくありません。一見すると、賢くお金を貯め、誰も傷つけていない選択のようにも思えますが、その実態は、親の年金や老後の体力的な余裕を静かに削り取ることで成立しているライフスタイルです。

 

また、引きこもりではないとはいえ、生活のすべてを親の家事労働に依存しているため、本人のなかに「本当の意味での生活自立(炊事・洗濯・家計管理など)」のスキルが身につかないまま年齢を重ねてしまうリスクもあります。

 

手元にある1,000万円の貯金は、本人の努力の成果であると同時に、親の寛大さに甘え続けて得た「猶予期間の副産物」にほかなりません。定年を迎えた親の財布と優しさに頼る生活をいつまで続けるのか。間もなく40歳を迎える息子が、自らの「快適な温室」から一歩踏み出し、大人の自立を果たすためのタイムリミットは、すぐそこまで迫っています。

 

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