「安心な老後」のはずだった…入居3日目に始まった経歴チェック
「ご主人は何をされていた方なんですか?」 入居から3日目の昼食会でそう尋ねられたとき、山田和子さん(82歳・仮名)は少し戸惑いました。 「普通の会社員でした」 そう答えると、向かいに座った女性は「そうなの」とだけ言い、それ以上話は広がりませんでした。その場では特に気にしなかったといいますが、あとになって、あの質問には別の意味があったのだと気づきます。
山田さんは10年前に夫を亡くして以来、東京郊外の戸建てに1人暮らしをしていました。3人の子どもたち家族は、車で行き来する距離にいるものの、年を重ねるごとに高齢の1人暮らしは不安になるものです。「安心して過ごしたい――」。そんな思いから首都圏にある高級介護付き有料老人ホームへ入居することを決意しました。
入居一時金は約1,000万円。月額利用料は30万円。一時金は夫が残した預貯金を充てました。月額利用料は月16万円の年金と、預貯金を取り崩して対応する予定です。入居期間が長くなると、当然、貯蓄は心もとなくなりますが、ここでの生活が安定したら自宅を売却するつもり。費用面では特に懸念することはなかったといいます。
それ以上に、お金さえ払えば、食事や生活支援を受けながら暮らせます。子どもたちに迷惑をかけることもありません。山田さん自身、最良の選択だと思っていました。
しかし、入居後間もなく山田さんは別の不安を抱えるようになります。きっかけは、入居者同士の何気ない会話でした。
「お宅はどちらに住んでいたの?」
「ご主人は何をされていたの? 会社経営?」
「お子さんは何をされているの?」
最初は世間話だと思っていました。しかし会話を重ねるうちに、質問には一定のパターンがあることに気づきます。 住んでいた場所。 家族の職業。 出身大学。 現役時代の肩書。そして資産状況を推測できる情報。
「話しているうちに、相手が私を調べているような感覚になりました」
高級とされるホームだけあり、入居者には元経営者や医師、大企業の役員経験者などが少なくありませんでした。ある女性は、息子が外資系金融機関勤務であることを頻繁に話題にしました。別の男性は、自身が所有する不動産の話を繰り返しました。もちろん全員ではありません。しかし一部の入居者の間では、自分の経歴や家族の成功を語ることが日常的になっていました。