内閣府の「令和7年版高齢社会白書」によると、要介護者等からみた主な介護者の45.9%が同居しており、その内訳として「子」が16.2%を占めています。親の老いと向き合い、同居して生活を支えることは尊い行為ですが、真面目で責任感が強い人ほど一人で抱え込み「介護の孤立」に陥りやすい傾向があります。誰にも弱音を吐けない娘が選んだ「限界の先の選択」とは。
「親孝行できて、幸せね」義妹の言葉が突き刺さる…認知症の84歳母を介護する月収27万円の59歳女性、心がぽっきり折れた夜 (※写真はイメージです/PIXTA)

誰からも慕われた、もてなし上手な「自慢の母」

「お義姉さん、お母さんが元気なうちに遊びにいってもいいかしら?」

 

義妹からスマートフォンに届いたそのメッセージを見た瞬間、ナナミさん(仮名/59歳)の胃のあたりが、きゅっと重くなりました。

 

現在84歳になるナナミさんの母親は、かつて親戚中の誰からも頼りにされる、とにかく面倒見のいい人でした。お盆や正月ともなれば、遠方に住む親戚を十数人も自宅に招き入れ、自慢の筑前煮や大皿から溢れんばかりの五目寿司を腕によりをかけて振る舞うのが定番。ナナミさんが結婚してからは、「家族はみんな仲良く!」と、夫方の親族も招いてもてなしていました。

 

「狭い家だけど、ホテルなんて勿体ないからうちに泊まっていって! 布団ならいくらでもあるから!」

 

そう大声をあげて笑い、他人の世話を焼くことに生きがいを感じているような、バイタリティの塊のような人だったのです。

 

しかし、父が亡くなった4年前からその輝きに影が差しはじめました。最初は些細な物忘れから始まり、病院へ行くと、「アルツハイマー型認知症」の診断。ナナミさんは夫とともに実家で同居することにしたのです。このときのナナミさんは、母が大切にしてきた「プライド」と「かつての習慣」が、現在のナナミさんを苦しめる足かせになろうとは、想像すらしていませんでした。

限界の日常…月収27万円、教育ローンの残債

59歳のナナミさんには、まだ完済していない息子たちの教育ローンがあります。自分たちの老後資金も心許ない状況。月収は約27万円です。年齢を考えても、いまここで介護離職するという選択肢は、経済的な破滅を意味していました。

 

「今日、母の体調が悪いので、午前中だけお休みをいただけますか……。本当にすみません」

 

職場に何度頭を下げたかわかりません。理解のある上司や同僚に恵まれてはいるものの、急な遅刻や欠勤を繰り返すたび、ナナミさんの心には申し訳なさと強い罪悪感が積み重なっていきました。

 

仕事を終えて夕方に帰宅してからも、息をつく暇はありません。夫と母の食事の支度、デイサービスを頼んだり、ケアマネジャーに家に来てもらったりして、なんとか介護の手を借りようとしていますが、ここでも認知症特有の壁が立ちはだかります。

 

母は、他人の前では驚くほど「しっかりした、いいおばあちゃん」を演じるのです。しかし、ケアマネジャーが笑顔で帰った直後、家の中は一変します。

 

「私を邪険にして! 他人を家に入れて、私を厄介払いする気でしょう!」

 

内側に溜め込んだストレスを爆発させるように、母は人が変わったように大暴れし、近くにあるクッションやティッシュ箱をナナミさんに投げつけ、大声をあげて泣き叫ぶ始末。ケアマネジャーに「お母様、お元気で穏やかですね」といわれるたび、ナナミさんは一人、拳を握りしめていました。