これでようやく安心できる、はずだった…
「正直、あのときは肩の荷が下りた気がしたんです」
そう話すのは、都内の中堅物流会社で管理職として働く佐伯健一さん(55歳・仮名)。佐伯さんは独身。一人暮らしを続けながら、埼玉県内の実家で暮らす母・和子さん(82歳・仮名)を支えていました。
異変が起きたのは3年前です。和子さんは自宅で転倒し、大腿骨を骨折。手術とその後の入院で、歩行能力が大きく低下しました。
その後、認知症の症状も進行し始めます。当初は訪問介護とデイサービスを組み合わせていました。しかし、夜間の徘徊や火の不始末が増え、近所から苦情が入ることもありました。
佐伯さんは会社を早退する日が増えました。年収は約680万円。月収は手取り約39万円です。住宅ローンはありませんでしたが、自身の老後資金として積み立てていた預金は約1,200万円。将来のことを考えると、決して余裕があるわけではありません。
それでも母親を一人にしておくことは難しくなり、最終的に民間の有料老人ホームへの入居を決断します。
入居金は300万円。月額利用料は25万円。それに対し、和子さんの年金は月15万円ほど。不足する月10万円は、母の預金から取り崩して対応することにしました。
「月10万円なら何とかなる。そう思っていました」
ところが、その見通しは長く続きませんでした。
毎月10万円の取り崩しのはずが…
入居から1年が過ぎた頃、ホームから利用料改定の通知が届きます。食材費や人件費の高騰を理由に、月額費用が2万円引き上げられるという内容でした。さらに介護度が上がったことで加算も増えます。気づけば毎月の請求額は28万円近くになっていました。
年金との差額は13万円。年間では156万円です。
「母の預金の減り具合が、想定以上になりました」
和子さん名義の預金は入居時点で約1,000万円ありました。しかし入居金300万円を支払い、残りは生活費補填に充てられます。2年余りで残高は400万円台まで減少しました。
その頃から佐伯さん自身の生活も苦しくなっていきます。電気代や食費は上昇し、管理職になっても実質的な手取りは増えません。自身の家賃が月13万円。生活費や保険料などを差し引くと、貯蓄に回せる金額は以前よりも減ってしまいました。そのようななか、老人ホーム費用の補填を佐伯さん自身がしなければいけない日も迫っています。
総務省『家計調査 家計収支編(2025年平均)』によると、高齢無職世帯は月約4.2万円の赤字となっており、親の預金は急速に目減りしていきます。
一方、佐伯さんと同年代の単身勤労男性(35~59歳)が生活費を差し引いて貯蓄に回せる余裕額は、月平均で約14.1万円。ここから月13万円の施設費用を補填すれば、手元には約1万円しか残りません。介護負担が子世代の家計や老後資金まで奪う現実が、データからも浮き彫りになっています。
そのような状況でも、佐伯さんは、「母だけは施設から出せない」と考えていました。ところが、その考えを揺るがす出来事が起きます。ある日、施設の相談員から電話が入りました。
「お母さまですが、医療的な対応が増えてきています」
説明によると、和子さんは誤嚥性肺炎を繰り返し、日常的な医療ケアが必要な状態になりつつあるというのです。そして数週間後、再び施設から連絡がありました。