(※写真はイメージです/PIXTA)
静かすぎる最上階の暮らし
妻を亡くした後、その静けさはさらに重くなりました。朝起きる、テレビをつける、窓から街を眺める、買い物に行く、帰宅する――。そんな毎日が続きます。ある日、高橋さんはスマートフォンの通話履歴を見て驚いたといいます。1週間で会話した相手が、宅配業者と病院の受付だけだったのです。
「働いていたときは1日に何十人とも話していました。それが今は誰とも話さない。人間って、こんなに急に社会から消えるものなのかと思いました」
内閣府『人々のつながりに関する基礎調査』によると、孤独感が「しばしばある・常にある」割合は、同居人がいる人の3.4%に対し、単身者では9.8%に上ります。利便性を求めたマンションへの住み替えが皮肉にも地域とのつながりを絶ち、配偶者との死別に伴う単身化が深い孤独を招くリスクが浮き彫りになっています。
高橋さんの生活にも変化が現れました。外出頻度が減り、食事は簡単な総菜で済ませる日が増加。以前は月20万円近くあった生活費も、今では月12万円ほどだといいます。節約のためではありません。使う機会がなくなったからです。
そんなある日、長女から電話がありました。
「お父さん、一緒に暮らさない?」
70代に突入した親を心配しての提案。高橋さんは思わず声を荒らげました。
「何を言ってるんだ。俺はまだそこまで年寄りではない」
電話を切った後も、その言葉が頭から離れませんでした。
必要だったのは最上階の眺望だったのか。広いリビングだったのか。それとも別の何かだったのか。
先日、高橋さんは管理組合の総会資料を見ながら電卓を叩いていました。今後の修繕計画では、さらなる負担増の可能性が示されています。預金残高はまだ十分にあります。ただ、数字を追う視線の先にあるのは資産額だけではありません。
リビングには誰の声もありません。窓の外は開けていて、遠くまで見渡すことができます。購入当時と変わらない景色です。
「景色は変わらないのに、暮らしはこんなに変わるんだな」
その言葉のあと、部屋には再び静かな時間だけが流れていました。