(※写真はイメージです/PIXTA)
祖父が孫に渡す「お小遣い」の出所
「おじいちゃん、いつもありがとう!」
社会人になり、東京で一人暮らしをはじめた息子が帰省するたび、家には明るい声が響きます。手渡されているのは、数万円の入ったポチ袋。それを嬉しそうに受け取る息子の姿と、どこか誇らしげに目を細める父親(79歳)の姿。
その光景を、長男のマサハルさん(50歳)は、胸が締め付けられるような思いでみつめています。
(親父があげているその小遣い、もとはといえば……)
口に出せない割り切れない思いが、マサハルさんをもどかしい思いでいっぱいにさせていました。高齢の親との同居介護を選ぶ現役世代は少なくありませんが、そこには「家計の共有」というデリケートで根深い問題が潜んでいます。
食費だけでは足りない、同居介護の「見えない赤字」
マサハルさん一家が、一人暮らしをしていた父親と同居を始めたのは数年前のこと。母親が亡くなって少ししてから、父親に要介護認定が下り、生活のサポートが必要になったためです。
現在のマサハルさん世帯の生計は、マサハルさんの給与、妻のパート代、そして父親の年金をすべて合算して成り立っています。父親からは毎月、一応「食費」という名目で一定の金額を家計に入れてもらっています。そのため父親自身は、「自分の年金の範囲内で、息子夫婦に迷惑をかけずに自立して暮らしている」と思い込んでいる節がありました。
しかし、現実は違います。高齢の親と同居するうえで発生するコストは、食費だけでは到底収まりません。
・毎月の医療費やデイサービスの利用負担金
・外出時の車での送迎や、通院にかかるガソリン代
・熱中症や冷えを防ぐため、父親の部屋で常に稼働しているエアコン代
これらの積み重なると重い支出は、すべてマサハルさん夫婦の収入から持ち出しています。計算すれば、父親の家計は完全に赤字。しかし、父親には「年金だけでは足りていない」という認識が一切ありません。
さらにマサハルさんをモヤモヤさせるのが、たまに家族全員で出かける外食や旅行での、父親の振る舞いです。
息子が帰省した週末、みんなで少しいい和食店へ行ったときのこと。会計時になると、父親は伝票を奪い取り、「今日はワシが誘ったんだから、ここはワシが払う」と、息子やマサハルさんの妻の前で財布を開くのです。息子は「おじいちゃん、ごちそうさま!」と大喜び。父親も満足げに鼻を高くします。
父親が「自分の金」だと思って使っているそのお金は、父親自身の医療費や電気代を、マサハルさんが裏で肩代わりしているからこそ、手元に残っているお金に過ぎません。
実質的にマサハルさんの財布からお金が流れているだけなのに、美味しい手柄だけをすべて父親に持っていかれる理不尽さに、マサハルさんは虚しさを隠せませんでした。