(※写真はイメージです/PIXTA)
初めての下落局面に右往左往
投資開始から数ヵ月は順調に資産が増え、健一さんは「来年は夫婦で海外旅行にでも行こうか」と上機嫌でした。しかし、退職金を投じてから約1年後、市場環境は一変します。
海外株式市場の調整に加え、急速な円高も重なり、順調に増えていた資産は大きく目減りし始めました。
「最初は数十万円の下落でした。でも、それが100万円、200万円と膨らんでいったんです。『長期投資だから大丈夫』と言い聞かせていましたが、実際に自分のお金が減っていくのを見ると、そんなに冷静ではいられませんでした」
それまで含み益しか経験してこなかった健一さんにとって、初めての本格的な下落局面でした。毎日のように評価額を確認し、相場ニュースを追い続けるうちに、食卓での口数も目に見えて少なくなっていったのです。
金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査(2025年)』によると、60代世帯において株式を保有している割合は45.0%、投資信託は35.0%に上り、退職金などを元手に多くの人が投資を行っている現状がうかがえます。
一方で、投資には下落リスクがつきものです。同調査において、60代で「元本割れを経験したことがある」と回答した人は47.0%に達しています。実に約半数の人が、伊藤さんのように想定外の資産の目減りに直面した経験を持っているのです。
ある晩、夫の異変に気づいた由美さんが、健一さんのパソコンの画面を覗き込みました。
「え……これ、どういうこと?」
画面に表示されていたのは、2,500万円あったはずの投資資金が、1,800万円台にまで目減りしている「証券口座の評価額」でした。わずか1年で、約700万円もの老後資金が消え去ったことになります。
「増えるはずだったのに……。これじゃ、老後の安心どころじゃないわ」
由美さんは血の気が引くのを感じ、そのまま言葉を失ったといいます。
健一さんは、「もう少し待てば、また上がるはずだ……」と力なくつぶやきましたが、その声は震えていました。夫婦の穏やかな老後を支えるはずだった2,500万円。それが元の水準に戻る保証はどこにもありません。
「正直、初めての投資で少しだけ儲かって有頂天になり、完全に調子に乗ってしまっていました」