(※写真はイメージです/PIXTA)
「親族だけなら安く済む」はずだった
79歳の母を亡くした、埼玉県に住む会社員の田中浩司さん(52歳・仮名)。
母は生前、年金月13万円で暮らし、預貯金は約320万円ありました。しかし、亡くなったことを金融機関へ届け出ると、口座は相続手続きのため凍結されます。葬儀費用はすぐには預金から支払えず、喪主である田中さんが立て替えることになりました。
田中さんの月収は手取りで34万円。妻はパート勤務で月収9万円、高校生と大学生の子どもがいます。住宅ローンは月8万5,000円。教育費や生活費を差し引くと、自由に使えるお金は多くありませんでした。
「200万円近い葬儀代は、とても用意できませんでした」
葬儀会社から提示されたのは、一般葬約180万円と、家族葬50万円のプランです。
「親族だけで送れば十分だと思いました。50万円なら何とかなる。相続手続きが終われば立て替え分も精算できるだろうと考えていました」
田中さんは迷わず家族葬を選びました。参列者は兄弟3人とその配偶者、孫2人だけ。親戚や近所、母が長年通っていた地域サークルの友人には、「家族だけで見送ります」と伝え、参列も香典も辞退しました。
「小さく送れば、その分だけ費用も抑えられる」
そう考えたのです。ところが、最初の見積書は「最低限必要な費用」を示したものにすぎませんでした。火葬場の予約が混み合い、火葬まで4日待機。安置料とドライアイス代が追加され、式場使用料、搬送費、祭壇の変更、返礼品、飲食代なども積み重なっていきます。最終的な葬儀費用は約118万円でした。
「話が違うと思いました。でも、一般葬よりはまだ安い。そう自分に言い聞かせるしかありませんでした」
請求額は想定の2倍以上になりましたが、それでも田中さんは「180万円の一般葬を選ばなくてよかった」と考えていました。しかし、本当の誤算は、葬儀が終わってから始まります。母の通夜や告別式には、兄弟以外ほとんど誰も参列しませんでした。香典として受け取ったのは、兄弟から包まれた十数万円だけです。
「そこで初めて気づいたんです。家族葬は香典も全然もらえないんだと……」
10年前、父方の祖父が亡くなった際は一般葬でした。親戚や近所、仕事関係者など80人近くが参列し、香典は100万円を超えていました。返礼品などの費用を差し引いても、葬儀費用の大部分を香典で賄えたと記憶しています。
「あのときと同じように考えていました。家族葬なら支出は減る。でも家族が亡くなってすぐのタイミング、収入のことまで頭がまわらなかった……」
内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、日本のシニア層を対象とした国際比較調査で「近所の人とのつきあいがない」と回答した割合は17.4%に上り、アメリカ(8.4%)やスウェーデン(8.2%)の2倍以上に達しています。また、日常の困りごとを「近所の人」に頼れると答えた日本のシニアはわずか12.9%にとどまりました。地域社会とのつながりが希薄化した現代において、「義理で参列して香典を包んでくれる人」自体が減っています。家族葬へのシフトは、こうした人間関係の縮小がもたらした必然といえるでしょう。