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「いずれ遺す」という言葉がもたらした弊害
学さんが最も憤りを感じたのは、金額そのものよりも、茂さんが周囲の信用を失ってまで「資産を守ること」に執着した点でした。茂さんは日ごろから「自分が死んだら、この8,000万円はすべて学に遺すのだから、1円でも多く遺すのが親心だ」と口にしていたといいます。
「父は『お前のために貯めている』と言い訳をしていましたが、話しているなかで『貯金を減らしたくない』『なぜ他人のためにお金を使わないといけないのか』という本音が漏れました。そんな父のせいで、私たち夫婦まで『非常識な家の人間』として見られることになった。今後の親戚付き合いをすべて台無しにされた気分です」
茂さんの気持ちはさておき、たとえ将来的に相続ができるとしても、今まさに社会的な信用や人間関係を破壊されては意味がない、と学さんは語ります。どんなに話をしても「自分の資産を減らしたくない」の一点張りの茂さんに、学さんも限界を迎えました。
「そのお金、あの世に持っていく気か! もう二度と、俺たちの生活にも親戚の付き合いにも関わらないでくれ」
学さんは電話口でそう言い放ち、それ以来、茂さんとは一度も話をしていないといいます。
金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査(2025年)』によると、70代で金融資産を保有する世帯の平均残高は2,714万円に上ります。主な内訳は、預貯金が1,051万円と最も多く、次いで株式が603万円、生命保険が336万円、投資信託が325万円となっています。
このようにまとまった資産を持つ高齢層が多い一方で、70代世帯の67.3%が老後の生活に不安を感じているのが実態です。その理由としては、「十分な金融資産がないから」(63.0%)や「年金や保険が十分ではないから」(53.1%)、「将来の物価上昇への懸念」(38.7%)が上位に挙げられています。
客観的には資産に余裕があっても、「将来何が起こるか分からない」という恐れから過度に通帳の残高維持に執着し、周囲との関係を壊してまでお金を手放せなくなってしまうケースは決して珍しくないといえるでしょう。
茂さんが「息子のために遺す」と言い訳をしながら目の前の相応の負担すら拒む姿勢は、学さんには自己保身のための詭弁にしか聞こえなかったのです。
資産形成に成功し、老後の経済的基盤を確立した親世代。しかし、その資産への過度な執着が、最も身近な家族との決別を招くことになりました。十分な資産があるならば、それを単に貯め込むだけでなく、「生きた使い方」を考慮することも不可欠。お金を遺すことだけではなく、その一歩進んだ金銭感覚の共有が大切です。