(※写真はイメージです/PIXTA)
母の死で崩壊した父の日常
都内で暮らす松村直子さん(43歳・仮名)。1年ほど前、母・和子さん(享年68歳・仮名)を亡くしました。10年近くに及んだ闘病生活。その様子を傍でみていた直子さんは、「お疲れさま、という気持ちが強い」と当時の心境を語ります。一方で気がかりだったのは、実家に一人残された父・徹さん(70歳・仮名)の存在でした。
「両親は金婚式も間近でした。本当に仲の良い夫婦で、私は二人が喧嘩しているところを一度も見たことがないんです」
そんな徹さんは葬儀の際、一滴の涙も見せず、参列者に丁寧な挨拶を繰り返していたといいます。「母さんの分まで生きるよ」と穏やかに話す父の姿を見て、親族一同は「強い人でよかった」と胸をなでおろしました。しかし、直子さんが数ヵ月ぶりに実家を訪れると、そこには異様な光景が広がっていました。
「玄関を開けた瞬間、異臭が鼻をつきました。リビングに入ると、母の遺影が壁一面、30枚近く飾られていたんです。そのすべてに炊きたての米が供えられていましたが、父自身の食事は、コンビニの袋に入ったまま腐敗した惣菜や、カビの生えたパンばかり。父の体重は半年で10kg以上も落ちていました」
直子さんが片付けを提案しても、徹さんは「和子の居場所を荒らすな」と激しく拒絶。会話は成立しなくなり、ただ遺影を見つめるだけの時間が増えていきました。事態が臨界点に達したのは、それから間もなくのことです。近隣住民から「お宅からドスン、ドスンと異様な音がする」と直子さんに連絡が入ったのです。
急行した直子さんが目にしたのは、母の生前の寝巻きを抱きしめ、板間の床を素足で激しく叩きつけながら、獣のような声で泣き叫ぶ父の姿でした。
「床が抜けるような音でした。父は地団太を踏みながら、『なぜ俺を置いていった』『一人では何もできない』と、幼児のように泣き喚いていました。あんな父は見たことがなかったので……しばらく、その場に立ち尽くしてしまいました」
直子さんは、父が母に対してどれほど精神的に依存していたかを痛感したといいます。その後、徹さんは直子さんの勧めで精神科を受診し、現在は地域のグリーフケア(遺族外来)への通院を開始しました。現在は少しずつではありますが、自分のための自炊も始めているそうです。
