(※写真はイメージです/PIXTA)
父の葬儀での、人には言えない胸中
都内の斎場で行われた父・アキラさん(享年87)の葬儀。次男のヒデトシさん(55歳)は、参列者の前で殊勝な顔をして涙を拭っていました。周囲からは「お父さんの晩年をよく支えた」と労いの言葉をかけられていましたが、なにも言葉を発することができません。その胸中は悲しみとは別の「焦燥感」で支配されていたからです。
(父さんの口座が止まった……明日からの支払い、どうすればいいんだ?)
父の死によって口座が凍結された瞬間、ヒデトシさんの「副収入」は断たれ、同時に隠し続けてきた不正な出し入れは、隠し通せない事実として浮上することになります。
父の暗証番号
きっかけは4年前、父の寝室で古いキャッシュカードを見つけたことでした。当時、離婚による慰謝料の支払いで金銭的に苦しい状況にあったヒデトシさんは、父に無断でそのカードを持ち出しました。
父のアキラさんは、診断こそ受けていませんでしたが、同じ質問を繰り返したり、物の置き場所を忘れたりといった、認知症の前段階のような症状が出始めていました。同居していたヒデトシさんだけが、その「異変」に気づいていた状態。ヒデトシさんは、口座が凍結されることを恐れて周囲には隠していましたが、同時に、「いまの父なら、数千万円ある資産の端数が減っても気づかないだろう」と思ったのです。
暗証番号を当てるのに、時間はかかりませんでした。父が亡き母を想い続けていたことを知っていたヒデトシさんは、二人の結婚記念日を打ち込みました。予想は的中し、ATMの画面には多額の残高が表示されます。それ以来、ヒデトシさんは毎月20万円を自分の生活費として引き出すようになりました。
4年間の隠蔽工作
これほど多額の使い込みが露呈しなかった背景には、ヒデトシさんによる巧妙な「管理」がありました。
まず、遠方に住む兄に対しては、「父さんの健康維持のためにサプリメントや自費診療の往診を頼んでいる」と説明。父がたまに通帳を確認しようとしても、「さっき一緒に記帳に行ったじゃないか」と嘘をついて煙に巻き、父自身も自分の記憶に自信がないため、それ以上追及することはありませんでした。
こうした状況が、のちの相続において深刻なトラブルに発展するケースは少なくありません。最高裁判所『令和4年度 司法統計年報(家事編)』によれば、遺産分割調停の申立てが行われた事件のうち、遺産の価額が5,000万円以下のケースが全体の76.6%(1,000万円以下が32.7%、5,000万円以下が43.9%)を占めています。資産家ではない、いわゆる「ごく普通の家庭」ほど、こうした生前の不透明な金銭管理を巡って言い分が食い違い、泥沼化する傾向が顕著です。