(※写真はイメージです/PIXTA)
円満な熟年離婚
都内の公証役場で、タカミチさん(65歳)とチヅルさん(65歳)は、離婚給付等契約公正証書の作成を終えました。39年連れ添った夫婦の終わりを告げる手続きは、驚くほど事務的に進みました。
「これで、全部終わりだね。いままでありがとう」「こちらこそ。本当にね。お疲れさまでした」
交わした会話は、怒鳴り合いや、隠していた不満のぶつけ合いはありません。ただ、一つの大きな区切りを迎えた納得感だけがそこにありました。
娘が独立してからは「凪」のような夫婦に
2人は大学卒業後、別々の会社で定年まで勤め上げた共働き夫婦です。一人娘を育て上げ、住宅ローンも10年前に完済。互いのキャリアを尊重し、家事も合理的に分担してきました。
若いころは喧嘩することも多々ありましたが、特に娘が家を出てからのこの数年間は、喧嘩どころか、苛立ち合ったり、互いの生活に小言を言ったりといったこともなくなっていました。平日は勤務時間が異なるため食事は別ですが、週末にはともにゆっくりした時間を楽しむ「お茶のみ友達」のような関係性が確立されていたのです。
実際、2人の生活に不足はありませんでした。明治安田生命の「いい夫婦の日」に関するアンケート(2023年)によれば、夫婦円満に必要だと思うことのトップは「よく会話をする」ことであり 、円満な夫婦は平日に平均145分の会話時間を取っているようです。タカミチさん夫婦も、仕事や社会情勢について対等に語り合えるパートナーでした。
しかし、長年勤めた会社をともに退職し、手元に合計5,200万円(タカミチさん2,800万円、チヅルさん2,400万円)の退職金が振り込まれたとき、2人のあいだに共通の「ある感覚」が生まれました。それは、「夫婦として果たすべき社会的、経済的な責任を、すべて完遂した」ということ――。
「合理的な判断」で合致した2人
互いに不満を抱える夫婦にとって、退職金は「離婚後の自立資金」として切実な意味を持ちます。しかし、タカミチさん夫婦にとって、この5,200万円は別の意味を持ちました。
退職金:それぞれが2,000万円以上のまとまった現金を手にした。
年金:2人とも厚生年金を受給するため、1人でも十分に生活が維持できる。
家:マンションを売却すれば、さらに数千万円の資産を分け合える。
「これからは、自分のペースだけで生きてみたいと思うんだけど。あなたはどう?」チヅルさんがそう提案したとき、タカミチさんは少し考えたあと、賛成しました。
相手に合わせるストレスはないけれど、誰かと暮らす以上、食事の時間や外出の予定など、無意識に行っている「微調整」は存在します。また、お互いを知り尽くした関係性から「あっ、これをしたら相手はイラっとするだろうな」「これ以上言うのはやめよう」など、先回りの気遣いをしていました。2人は、これからはそのわずかな調整さえも手放し、完全なる「個」に戻ることを望んだのです。
