(※写真はイメージです/PIXTA)
父の本当の出勤先
中堅の老舗メーカーで課長職を務めるムサシさん(41歳)。月収70万円で、周囲からは「部長昇進も近い」と目され、都心のマンションで妻と娘と暮らしています。幸せのなかにいるはずの彼には、あまり人には言いたくないルーティンがあります。
毎朝7時。玄関で「パパ、今日も頑張ってね! いってらっしゃい!」と元気に見送ってくれる幼稚園児の娘。しかし、ムサシさんはその瞳を正面から見返すことができません。娘の肩越しに、遠くの壁の一点をみつめるようにして、「いってくるよ」と短く言葉を返し、家を出ます。
その足が向かうのは、勤務先へ向かう駅の改札ではなく、住宅街の裏手にある配送センターでした。スマホでアプリを立ち上げ、出勤ボタンを押すと、彼の「もう一つの仕事」が始まります。
ムサシさんが毎朝、出社前に行っているのは、食品配送補助のスキマバイトです。スーツの下に速乾性のインナーを仕込み、現場で貸与されるジャンパーを羽織る。1時間、冷凍食材の重いコンテナをトラックから降ろしては裏口へ運んで、検品。時給換算で1,800円。早朝と深夜のスポット作業を合わせ、月々8万円を稼いでいます。
「年収1,200万円」でも足りない、2026年の過酷な家計
なぜムサシさんは、数万円のために体力を削るのか。
総務省の「家計調査(2024年平均)」を紐解くと、特に都市部で子育てをする「勤労者世帯」において、食料費や光熱費といった基礎的支出の割合が、所得の伸びを遥かに上回るペースで膨れ上がっていることがわかります。
特にムサシさんは、習い事や受験準備といった教育費の負担と、働き方改革の徹底により、かつて管理職の手取りを支えていた残業代が実質的にカットされたことが大きく家計に影響していました。ムサシさんの家庭では、住宅ローンや固定費を差し引くと、娘のバレエや英会話の月謝を払うだけで家計は毎月マイナスに転じます。その穴を埋めているのが、この朝の重労働でした。
この生活は、妻も承知しています。妻もまた、パート収入によって家計を支えていますが、日々のスーパーでの物価高騰を目の当たりにし、余裕を失っているのです。