(※写真はイメージです/PIXTA)
援助をやめる決意
さらなる物価高と自身の体調不安を感じた京子さんは、ついに息子に告げました。「これから自分の体調になにがあるかわからないから、いままでのようには出せない」と。
息子は「もちろん、母さんの健康が一番だから」と表面上は納得してみえました。しかし、その日を境に息子一家との関わりは減っていったのです。
毎週日曜日の夜にかかってきた孫からの電話が隔週になり、やがて途絶えました。月1回だった来訪は「子どもたちの部活が忙しいから」という理由で半年以上空くように。たまに顔を合わせても、かつてのような賑やかさはなく、息子はどことなく常に時計を気にしている様子です。
アルバムの中の笑顔と、血の繋がりの「本当の意味」
部屋で一人、京子さんは何冊も積み上げられた家族のアルバムを開きます。そこには、幼い孫を抱く自分の姿や、息子一家と旅行へ行ったときの写真が何枚も貼られています。
写真の中の自分たちは、確かに笑っています。しかし、いまとなっては、その笑顔の多くが「お金を介して成立していた演出」のように思えてなりませんでした。
血が繋がっているからこそ、相手を自分の一部のように錯覚し、甘えが「搾取」に、期待が「依存」にすり替わってしまう。京子さんは、血の繋がりとは無条件の愛を保証するものではなく、むしろ利害関係によって最も残酷に壊れやすい、脆い絆だったのかもしれないと虚しい気持ちになりました。
京子さんは、自分からは連絡をしないことに決めました。重いアルバムは押し入れの奥へしまい、「孫はもう、写真の中の思い出だけでいい」と心に決めたのです。
お金を介さない「尊厳ある老後」のために
内閣府が実施した「第9回 学習・生活に関する国際比較調査(令和2年度)」(日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデンの4ヵ国対象)では、日本の高齢者特有の死生観や家族観が浮き彫りになりました。特に注目すべきは、他国に比べ「子どもには迷惑をかけたくない」と強く願う一方で、「子どもや孫に金銭的な援助をしたい」という意欲が突出して高いという矛盾したデータです。
「子どもや孫にできるだけ多くの資産を残したい」と回答した割合は、スウェーデンが13.5%、ドイツが22.4%であるのに対し、日本は30.5%と突出しています。「将来、経済的に困ったときに子供に頼りたい」と考えている日本の高齢者はわずか10.1%。ドイツの19.5%、アメリカの21.7%と比較しても、日本の親がいかに「与える一方」であるかがわかります。日本には独自の「献身」の考え方があるのではないでしょうか。
京子さんにとって、孫への援助は子に頼りたくない、そして残してあげたいという気持ちに基づいた愛情表現でした。しかし、毎月その恩恵を受ける息子夫婦側からすれば、それはいつしか家計の一部として数えられる収入へと変質していました。援助が止まったとき、彼らにとって京子さんのもとへ足を運ぶリターンは、費やす時間と労力を下回ってしまったようです。
大切なのは、2,100万円という資産を「家族に分け与えるための原資」ではなく、あくまで自分が尊厳を持って最後まで生き切るために使うこと。
お金を介して相手を繋ぎ止めるのではなく、小さな気遣いを交換できる関係を維持することが重要ではないでしょうか。それが叶わないのであれば、京子さんのように自律した「個」として、自分のためだけにお金と時間を使う決断も、一つの賢明な選択といえるかもしれません。
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