親の介護という重責を担い続けた時間は、家族の絆を深めるどころか、修復不能な亀裂を生むことがあります。献身的に寄り添った日々への報いを期待する側と、法律が定める権利だけを主張する側。両者の溝が埋まらないまま相続の瞬間を迎えたとき、善意で動いた側ほどやるせなさにさいなまれます。ある女性のケースから、「公平」という言葉の裏側に潜む残酷な現実をみていきます。
「1円単位まで分けるぞ!」介護に尽くした55歳長女が絶句。父の預金通帳を奪い取った58歳長男が放った「あまりに非情な一言」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「寄与分」を認めてもらうことは難しい

献身的な介護が相続時に正当に評価されないケースは、珍しくありません。民法には「寄与分」という、被相続人の財産の維持や増加に貢献した相続人に上乗せして配分する制度がありますが、その実態は非常に厳しいものです。

 

裁判所「司法統計(令和5年度)」の「遺産分割事件数」によると、全家庭裁判所の遺産分割事件(既済)は1万3,868件。うち認容・調停成立の総数は7,234件で、寄与分が認められた件数はわずか62件です。認められた割合は約0.86%に過ぎません。寄与分として認められるには「特別の寄与」、つまり親族として当然期待される程度の扶養を超えた、無償かつ継続的な貢献が必要です。

 

一方で、日本公証人連合会や厚生労働省「人口動態」から推測すると、年間の死亡者数に対して遺言書(公正証書・自筆証書保管制度など)が準備されていた割合は約8.8%にとどまります。遺言書がない場合、遺産分割は遺産分割協議によって行われますが、ここで「法定相続分」を盾にされると、介護をした側の主張は法的に通りにくくなります。

 

ここで注目すべき新しい視点は、「介護のデジタルログ」の重要性です。

 

多くの介護者は感情的な「頑張り」を訴えますが、法的な場では通用しません。最近では、介護記録アプリやスマートホームのログ、支出を記録した家計簿アプリといった「客観的数値」が、寄与分立証の強力な武器になる可能性が指摘され始めています。

 

「どれだけ大変だったか」ではなく「何時間の介護サービスを代替し、いくらの支出を抑えたか」をデータで示す――この備えこそが、感情的な対立を防ぐ唯一の方法といえるでしょう。家族の善意を法的に保護するためには、事前の遺言準備、あるいは「介護を数値化する」という客観性が求められているのです。

 

 

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