(※写真はイメージです/PIXTA)
かつては月収100万円超えだった
「情けなくて、情けなくて……。ハローワークの受付で、自分の職歴を書くことになるなんて思ってもいませんでした」
東京都内に住む加藤雅彦さん(65歳・仮名)は、大手メーカーに約35年間勤めた元営業部長です。50代前半から管理職として勤務し、海外企業との取引も担当していました。最も収入が高かった時期には、月収は100万円を超え、賞与を含めた年収は約1,500万円ありました。
「会社では、それなりに評価されていたと思います。同期の中でも早い段階で管理職になりました」
50代の頃、加藤さんは老後のお金について深刻に考えたことはありませんでした。給与収入は十分にあり、住宅ローンの返済も問題なく続けられていました。購入した都内のマンションは約7,000万円。購入当時は40代後半で、定年まで働けば返済できると考えていました。しかし、状況が変わったのは58歳の時でした。
役職定年となり、給与は大きく下がりました。年収は約1,500万円から約700万円へと半分以下になりました。しかし、この急激な変化は決して特異な例ではありません。人事院の『令和5年民間企業の勤務条件制度等調査』によると、部長級の役職定年年齢を「58歳」とする企業は全体の14.5%。最も多い「55歳」(33.5%)や「60歳」(19.6%)などを含め、50代後半での役職定年とそれに伴う大幅な収入減は、多くのビジネスパーソンにとって誰もが直面しうる現実です。
しかし、当時の加藤さんは生活に不安を感じていませんでした。
「収入は減りましたが、これまで頑張ってきた分、定年後は少しゆっくりしたいと思っていました」
その後、加藤さんは定年退職しました。退職金は約3,800万円。会社からは再雇用制度の案内もありましたが、利用しませんでした。
「40年近く働いてきたのだから、少し休みたいと思いました。退職金もある。年金もある。何とかなると思っていました」
加藤さんは退職後も現役時代と同じような生活を続けます。生活水準を落とせなかったのには理由がありました。単純な浪費ではなかったのです。現役時代の支出の一部は、営業部長という立場を維持するために必要なものでした。取引先との会食、部下との交流、冠婚葬祭の付き合い——長年、仕事と人間関係を維持するためのお金を使い続けてきたのです。加藤さんにとって、それは「贅沢」ではなく、会社員としての役割を果たすための日常でした。退職後、その感覚をすぐに変えることができませんでした。
妻も同じでした。夫の役職に合わせ、長年続けてきた親族付き合いや近所付き合いがあります。急に「老後だから減らす」と割り切ることはできませんでした。
「お金がないから付き合いを断る、という考えになれませんでした。これまで築いてきた関係を、自分から変えるような気がしたんです」
また、子どもへの援助も判断を難しくしました。長男夫婦が住宅を購入した際、加藤さんは800万円を援助しました。
「親としてできることはしてあげたかった。現役時代なら問題なく出せる金額でした」