「ありのままの自分を認めてほしい」という願いは、いくつになっても変わらない親子の理想かもしれません。しかし現実は、親が抱く「理想の我が子象」によって、トラブルとなってしまうことも……。今回は、サオリさん(仮名)の事例から、親子関係に生じた亀裂と、その背景にある意識の違いについて考えます。
「お母さん、いまの話、なに?」都内で暮らす月収57万円・42歳娘、激怒。地方の公営団地暮らし・年金11万円・非課税世帯の66歳母による〈笑えない冗談〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

母が「狭いコミュニティ」で求めた精神的報酬

サオリさんの事例にみられるのは、親世代と子世代のアイデンティティをめぐる摩擦です。内閣府の「少子化社会対策に関する意識調査(令和元年度)」等の経年データをみても、「結婚は個人の自由」と考える層が増える一方で、高齢層ほど「結婚して家庭を持つことが社会的な一人前」という価値観を強く保持している傾向があります。

 

サオリさんの母は、経済的には弱者である非課税世帯ですが、団地という狭いコミュニティのなかでは「幸せな家庭の形」で優位に立ちたいという承認欲求を持っていました。彼女にとっての幸せの尺度は、依然として「どのような家庭に属しているか」であり、娘がどんなに社会に貢献し、自立していても、その事実はご近所さんとの雑談では価値を持たなかったのです。

 

一方で、サオリさんにとっての幸せは、自分のキャリアや経済的な自立にあります。彼女が求めていたのは、立派な嘘で飾られることではなく、ありのままの自分の生き方を肯定してくれる親の存在でした。厚生労働省の「国民生活基礎調査」でも、所得以上に「社会的なつながりや自己肯定感」が高齢期の生活満足度に影響することが示唆されていますが、サオリさんの母はその満足度を得るために、娘の尊厳をコストとして支払ってしまったようです。

 

家族のあいだに求められるのは立派な嘘ではなく、「ありのままの自分」を肯定してくれる眼差しです。親がついた「笑えない冗談」は、娘が必死に築いてきたものを崩してしまう破壊力を持っていました。家族だからこそ必要なのは、見栄ではなく、お互いを認め合う「誠実さ」にほかなりません。