「ありのままの自分を認めてほしい」という願いは、いくつになっても変わらない親子の理想かもしれません。しかし現実は、親が抱く「理想の我が子象」によって、トラブルとなってしまうことも……。今回は、サオリさん(仮名)の事例から、親子関係に生じた亀裂と、その背景にある意識の違いについて考えます。
「お母さん、いまの話、なに?」都内で暮らす月収57万円・42歳娘、激怒。地方の公営団地暮らし・年金11万円・非課税世帯の66歳母による〈笑えない冗談〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

月収57万円、独身…「自立」を誇りに生きてきた42年間

都内のIT関連企業でプロジェクトマネージャーを務めるサオリさん(42歳)は、独身。都心のマンションで一人、堅実な生活を営んでいます。

 

「誰にも頼らず、自分の力で生きていく」

 

彼女が守り抜いてきたのは、「自立」というプライドでした。

 

一方、地方の公営団地で一人暮らしをする母(66歳)は、住民税非課税世帯。亡き夫の遺族年金と自身の基礎年金を合わせ、月額11万円という限られた予算内で暮らしています。サオリさんは、月数回の電話に加え、年2回の帰省を欠かさない娘でした。しかし、その帰省が、彼女の心を踏みにじる結果となります。

 

立ち話で聞こえてきた、耳を疑う「設定」

ある週末、サオリさんは数ヵ月ぶりに実家の団地を訪れました。手土産を抱え、階段を上がろうとしたそのとき、踊り場でご近所さん数人と談笑する母の声が聞こえてきました。

 

「そうなのよ、サオリも大変みたいで。旦那さんが商社マンだから、海外出張ばかりで家を空けがちなんですって。孫の顔をみせるのも、なかなかねぇ」

 

一瞬、自分の耳を疑いました。「商社マンの夫? 孫?」サオリさんは独身です。恋人すらいない生活を、母も十分に知っているはずでした。

 

ご近所さんたちが去ったあと、サオリさんは母に詰め寄りました。

 

「お母さん、いまの話、なに? 私、結婚なんてしてないし、相手だっていないよ。なんであんな嘘つくの?」

 

すると母は、悪びれる様子もなく、ケラケラと笑いながらこう答えたのです。

 

「あら、聞こえちゃった? 冗談よ、あんたが42歳にもなってまだ独身だなんて、恥ずかしくていえないわよ~」

 

(私の人生は、お母さんの見栄のための道具なのか……)

 

「笑えないよ。なにが冗談よ……」母が見栄っ張りなことはもともと知っていました。ですが、サオリさんは自分が大切にしてきたものを踏みにじる母の身勝手と、平気ですぐバレそうな嘘をつく浅はかさが、どうしても許せません。

 

サオリさんにとって、自立して生きているいまの自分は、これまでの努力の結晶です。それを「独身であること」を理由に「恥ずかしい存在」と決めつけられ、母の世間体を守るための「架空の既婚者」に書き換えられた――。母にとっては、近所付き合いを円滑にするための冗談だったのかもしれません。しかし、サオリさんにとっては、自分の生き方そのものを全否定されたように感じます。

 

「私が仕事を頑張ってることも、一人で将来に備えて貯金してることも、お母さんにとっては『旦那のいない恥ずかしい娘』っていう事実の前では無価値なのね」

 

サオリさんは用意してきた手土産を玄関先に置くと、上がることなくそのまま駅へと引き返しました。